断罪後の悪役令嬢はエルフと怠惰に暮らす

チョコころね

前編


 

 朝、目が覚めたら、金色の長髪がキラキラ光を弾いているエルフが隣で寝ていた。

 またか…とすでにあきらめの気分で起きる。

 今日の姿は、10歳くらいの子供なのでまだ我慢できる。

 成人男性の時は、さすがに蹴りを入れて落とした。

 ちなみに成人女性だった時もある(落とした)。

 どこまで許容範囲なのか探られている気もする。

 まぁいいけど。


 私は、このエルフにメイドとして雇われている。

 仕事は、洗濯物を干して取り込むだけの仕事だ。

 家には魔法がかかっていて、常に『一日前の状態』に戻るようになっているので、掃除の必要はなかった。

 食器も同様で、使った後洗わなくても、次の日にはキレイな状態に戻っている。

 陶器の皿を落として割った時は、危ないので部屋の隅にまとめたが、それも翌日には無くなって元の棚に戻っている。


 エルフの服や、メイド服も、この家の備品なので、洗濯の必要はない。

 下着もそうなのだが、気持ちの問題で洗濯を始め、ついでにシーツも洗って干したら、お日様の匂いがして気持ちよくなってしまい、続けている内にそれが仕事になってしまった。

(魔法はシーツ、枕カバーのみ解いてもらった)


 この家には、自分以外にはあるじのエルフが一人いるだけだが、相談窓口が鏡の中にアリ、たまにお伺いを立てている。

 ただし鏡に映るのは結局自分で、自分に相談しているようで不気味だが、そういう仕様なので仕方ないと思っている。

 居候の身の上なのだ。

 相談相手に、自分の顔以外の人(外)が欲しい等と、贅沢は言えない。





 私は、オディール・シュッテンバルト。元、公爵令嬢だ。

 半年前の貴族学園の卒業パーティで、婚約者の王太子殿下に婚約を破棄された。


 その時、殿下の隣には、私の双子の妹、オデットがしおらしくたたずんでいた。

 何でも、私はその妹のフリをして、いろいろ『悪い事』をしていたらしい。

 私にその記憶はないので、『悪い事』をしていたのは、フリでも何でもなく、ただのオデットだろう。

 一応、そう主張してみたが、王太子に『オデットがをするなんてありえない!』と一蹴されてしまった。

 いったい何をやったのか、聞いてみたが教えてもらえなかった。


 自分の知っているオデットなら、大抵どんなことでもやる。

 私と違って、妹は努力家なのだ。

 その方向性はどうあれ。


 根気よく証拠を集めれば、冤罪を晴らすこともできるだろうが、めんどくさくなってしまった。

 王妃教育に礼儀作法、堅苦しくめんどくさい、貴族社会に飽き飽きしていたのもある。

 私は婚約破棄をさっさと受け入れ、場が混乱している内にその場を立ち去った。


 怪訝な顔をした御者に『用事ができた。オデットは後で迎えに行ってあげて』と伝え、馬車を出させた。

 屋敷に戻ると、急な帰りに驚く執事その他を、適当な理由でなだめ、急いで旅支度を整えた。

 クローゼットを開くと、旅行鞄には最低限の用意がある。

 私は笑ってしまった。

 何のことはない、追い出される以前に自分も、『王太子の婚約者ココ』から逃げ出す気満々だったのだ。


 お父様とお母様は、急な用事で、馬車で往復三日はかかる公爵家の領地にいる。

 だからこそオデットも、心置きなく王子を焚きつけたんだろうし、私にとっても今がチャンスなのは間違いない。


(もしかすると『領地の用事』も、オデットが何かしたのかもね…)


 可能性は高いと思った。

 彼女は努力家なのだ。


 だが、私は怠惰だ。

 できれば日がな一日、ゴロゴロしていたい。

 王妃なんかになったら、過労死するだろう。


 そう『過労死』――実に、私の前世の死因である。


 コレを思い出したのは、6つの時だ。

 オデットのやったいたずらを、私のせいにされて、


『名前からして、私が悪役だからいけないんだ!』


 と憤慨したのが切っ掛けである。

 オデットとオディールでは、圧倒的にオディールが悪役なのは、前世の童話の触れ込みだが、幸か不幸か、この世界に『白鳥の湖』はなかった。


(…え、今の何で? いや、そう、『白鳥の湖』だよ…って、え、『白鳥の湖』ってなに…?)


 私はここを足掛かりに、徐々に前世の記憶を取り戻した。

 そうは言っても、記憶を取り戻したところで、専門知識等ないタダの派遣事務員だった自分。

 PCのない世界で何ができるだろう。

 ついでに、それだけだと奨学金が返せないので、夜はコンビニのバイトをしていた。


(賞味期限が切れたお弁当が主食で、カロリー高めのパンばっか食べてたなぁ…)


 それで生き抜ける人もいるだろうが、自分はダメだったらしい。

 少し歩くと息が切れるようになって、毎晩気絶するように眠るようになって、3時間くらいで起きて…起きれなくなったのだろう。


 悲惨だなーと思うが、好きなように生きたので、後悔はしてない。

 両親と出来の良い姉がいたが、姉の学費は全額親が出して、私には大学なんて行かずに働けと言われた思い出しか残らなかった。

 振り返ればドス黒い想いが幾らも湧きだすが、これも姉に『親の介護』をさせることが出来るという暗い喜びでノーカウントになった。


 そんな根の暗い事を考えていたのが、良くなかったのかもしれない(考えることくらい好きにさせろと思うが)。

 私は王太子の婚約者になってしまった。

 前世のアレコレを思い出し、今回はせいぜい怠惰に暮らしてやると思っていた私に大打撃である。

 王太子殿下と歳の合う令嬢のいる、一番上の貴族が残念ながらウチだったのだ。

 だがそれならば、オデットでもいい筈である。


「王太子殿下の婚約者は、オデットにしてくださいませ!」


 と、今世の親に、何度も掛け合ったが無駄だった。

 それというのも、オデットが散々自分のいたずらを私のせいにしていたのが、親にバレていたのだ。

 屋敷内でも、オデットはすでに『息を吸うように嘘をつくお嬢様』として共通認識されていて、執事長にまで、『この国と公爵家の為に、オディール様が王家に嫁いでください』と拝み倒されてしまった。


 貴族らしく放任主義の両親はともかく、色々お世話になった執事長、メイド長の願いは無碍むげに出来ず、仕方なく王宮に通う事になったが、王太子は可愛くなかった。

 顔だけは良かったが、性格が既にアレだった。


「家柄と顔でお前を妃にしてやる、感謝しろよ!」


 9歳でこんな事を言うような相手は、王太子だろうが平民だろうがいただけない。


「それは、こちらの台詞です」


 と言い返すと、王子の後ろにいた侍従たちは顔を青ざめさせたが、当の王太子は何を勘違いしたのか


「いい心がけだな!」


 と上機嫌で去って行った。

 訳が分からなかったが、私の後ろにいた公爵家の侍女が、


「もしかしたら、『こちらから殿下に感謝していると言おうとしていた』とお取りになったのでは…」


 と、難しそうな顔をした。


「……もしかして、バカなの?」


 思わず口から出た言葉を、否定できる人間はその場にいなかった。

 その後も何度か顔を合わせたが、認識がいい方向へ変わる事はなかった。


 性格が悪くても頭が良ければ、王様は出来るかもしれないが、『性格悪くて頭も悪い』では、国の将来が危うい――お手打ち覚悟で、包み隠さず王妃に訴えると、口をつぐんで王妃教育を受けることを条件に、王子の再教育を約束してくれた。

 やはり、母親として、王妃として、危機感があったらしい。


 おかげで貴族学園に入る頃には、王太子も、まぁまぁマシになっていたのだが、ここでしゃしゃり出て来たのがオデットである。

 オデットは、正確に自らのニーズを嗅ぎ取ると、こまめに王太子(並びにその側近)の攻略を始めた。


 婚約者と顔は同じだが、めっちゃくちゃ自分に甘い女――王太子はあっという間にオデットに溺れ、今までの家庭教師と王妃とオディールの努力を、すべてパーにしてくれたのだ。


 オディールも一応手を回したが、オデットの負の努力には勝てない。

 積み上げるには時間と手間がかかるが、崩すのは一瞬で済むのだ。


 早々に攻防を放棄したオディールを、王妃は責めなかった。

 今までオディールの苦労を見て来たし、それより何より、今は王太子の下に第二王子が生まれていたのだ。


「…さすがにユーリーとは無理よね」


 王妃様の仰せに、私は無言で首を振った。ユーリー第二王子殿下は御年7歳である。


「早々に、ご令嬢方の選定を始められた方が良いかと」


 王妃は、やるせない息を吐いた。

 また一から王妃教育のやり直しである、ため息も深くなるだろう。

 同情はするが、下手に言質を取られてはたまらない。


 このまま王太子の目が覚めなければ、卒業を待って王位継承権をはく奪。

 一代男爵として、シュッテンバルト家が持つ領地に追放。

 オデットは、戒律の厳しい隣国の修道院へ終生預かりとすることが、王家とシュッテンバルト家の間で暗黙の了解になった。


「…なのに、罪を着せられるなんてね」


 憤りより、もはや投げた気分になってしまっても無理はない。

 オデットの虚言は、シュッテンバルト家では周知の事実だが、所詮公爵家の醜聞だ。外には洩らせない。

 それがあだになったらしい。


 貴族学園は生徒の『自主自律』を掲げた建前上、王家や貴族の保護者は直接関与しないことになっている。

 だから卒業パーティにも、王や王妃や父兄はいなかった。

 オデットなら、今夜の出来事が王や王妃の耳に入る前に、私をどこかへやってしまいたい筈だ。


 執事長には手早く、『オデットに命を狙われている』と話し、両親と合流すると告げた。

 一瞬顔をしかめたが、執事長は疑うことなく馬車の手配をしてくれた。

 急いでいるからと、侍女も遠慮してもらった。

 途中で襲われることを考え、御者は腕利きの騎士だ。

 ただし、私は領地へと走る馬車から密かに降りた。

 僅かばかりの魔力を駆使して、体を浮かしかしてふわりと飛んだのだ。


 軽くなった馬車は、一層スピードを上げて去っていく。

 あれなら、しばらく追いつけまい。


 私はトランク一つ持って立ち上がった。

 それなりに荷物は重かったが、気分はめっちゃ軽い。

 

「自由だ…!」


 こぶしを震わせて、思わず口に出してしまったくらいだ。

 オデットの好きにさせるのも業腹だが、この解放感となら引き換えにして良かった。


 手にした地図と、コンパスで大体の位置は分かっていた。

 オデットを放り込む筈だった修道院とは、逆の位置にある隣国との間には森があった。

 大昔は精霊が棲んでいたと言われるその場所には、神殿跡のような石の遺跡がある。

 城の蔵書室(此処コレがなければ『王妃教育』は、もっと早く投げていただろう)の、書籍によって得た知識だったが、それはすぐに見つかった。


「おぉ…」


 感動だった。

 前世では大学で博物館学を取っていた。

 学芸員の資格も取った。

 だけど就職先はなかった。

 どこもかしこも人員削減と、民間への業務委託で、専門職、しかも新卒の入る余地はなかった。


 白い石の柱を撫でながら、このままこの遺跡を調べて暮らしたい…と妄想したが、それが夢物語であるのは分かっている。

 この国は、とうに滅びた文明に興味はない。


「子爵や男爵の、三男あたりに生まれていればなぁ…」


 具体的に浮かぶのは、貴族学園の教師たちだ。

 彼らは10年間学園に勤めれば、以降専門の勉強をすることが許され、またその為の資金も援助される。

 王太子の婚約者に選ばれるような家の、しかも長女であるオディールには縁のない話だった。

 魔力でも高ければ、また別なのかもしれないが。

 オディールには、貴族として平均的な魔力しかなかった。


 知らず流れていた涙を拭って、遺跡の中で今日の野宿場所を決め、冒険者が使う簡易結界の石を置いた。長くは持たないが、これで害意のある生き物は入って来れない。

 日持ちのするクッキーを齧りながら、革袋に入れた水を飲む。


 大体、5日間暮らせるだけの携帯食糧を持ってきた。

 この辺の川は山から流れてきている天然のミネラルウォーターなので、水は現地調達だ。

 食事を終えると、持ってきたマントで体を包み込んだ。

 学園の入学は9月で、卒業は6月終わりだ。


(このマント、特殊な効果があって汚れが付きにくく、軽くて保温効果があるのよね)


 冒険者が苦労して手に入れる物を、普通に買ってもらい美しい色に加工できるのは、公爵令嬢特典だ。

 でも暖かい季節で良かった。

 明日半日をこの遺跡で過ごした後は、隣国へ逃げる予定だった。





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