14.我に任せよッ!

帰ってきた!

耳がピクピクなる。

軽やかに自転車のスタンドのストッパーが入り、鍵が掛けられる音がする。


自転車の鍵の小さな鈴が呑気にチリリと鳴っておる。


我は頑張って吠えた。


椅子に座った男と机の側で立っている男は見つめ合っておる。否、睨み合っておる。

不穏な空気だ。


それも振り払いたくて吠え立てた。


我は争いは好かんッ!


下僕2号!早よう、入って来いッ。

お前の事がお前不在で決まろうとしておるぞ!

これで良い訳があるかッ!


「ただいま〜。なんで吠えてるの? 何か…なんでだよッ!」


カラカラと引き戸が開いたのが勢いよく閉まり、ドタドタと下僕が走り込んできた。

我は吠え続けておったから、ここへまっしぐらだ。


チッと頭の上で舌打ちが聞こえる。

誰が出した音かなど顔を見ずとも分かる。


苦虫を噛み潰したようような顔を片手が覆い、ため息が聞こえる。

ずるりと額から顎へ顔を掌が這うように撫で下される。顕れた顔は、いつもの柔和な担当のそれになっていた。


噛みつきとうなったが、そこまで我は理性を失ってはおらん。

不意に手を伸ばされた。


我は素早く『担当』から逃れて、下僕の元に向かった。

部屋の出入り口に出てきた下僕の胸に飛び込んだ。

実際は腹に頭突きをかましてしまったが、そこは許せ。

出会い頭の衝撃にグヘッっと聞こえたが、ちゃんと受け止めてくれたので、ほっぺを舐めて労ってやった。


「ケホッ…何してるんだよ。もう来るなって言ったよな」


ちょっと苦しそうだが、静かに声を発した。


「押しかけて来たんですよ。でも、念書を書いてくれるようなんで。先生、良かったですね」


「押しかけてって…」


彼氏野郎の言葉は、下僕の言葉で掻き消えた。


「お前がこっちなら、鉢合わせ防止に資産税課の所在階なんか確認してコソコソしなくて良かったんじゃ…へ? 念書?」


下僕が彼氏しか見ておらん。だから、『担当』の言葉を聞き流しておったようじゃ。世話の焼けるヤツじゃ…。


バウと吠えてやった。


下僕がやっと落ち着いて来た。


「先生、彼氏さんと別れたいって言ってたじゃないですか。『もう会わない。別れます』っていう念書を書いて貰ってるところですよ。これで、引越したらまたバリバリ仕事しましょうね」


『担当』の言葉が弾む。ニコニコ顔じゃ。気持ち悪い。


「えっ?……引っ越し? 引っ越さないよ。ここを拠点にするって編集長に話した…」


下僕の手が熱い。少し震えてるようじゃ。我をぎゅっと抱き抱えた。自分を守るように。


良いぞ!

我が盾になってやろうッ。任せよッ!


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