痛み

日浦 杏

第1話 絡む

 あの娘は美しい。最近、この町に越してきた彼女を一目見たときから、僕は恋に

落ちてしまった。


 僕は、彼女の家の外から、彼女を見ていた。本当に美しい娘で、見惚れてしまう。ふと、彼女が僕を見た気がした。彼女は何も言わず、視線を落とした。

僕に気づいたかもしれない。そんな淡い期待を胸に、彼女に見惚れていた。


 彼女は、いつどんな時も美しい。彼女と話がしたい、そう願うようになっていた。だが、彼女には夫と思しき男性がいた。彼は彼女に寄り添い、同じ家に入っていく。彼はその家から、働きに行く。彼がいない間、僕はずっと彼女を見つめている。いつ、話しかけようか、どんな風に話しかけようか。そんなことを考えながら、僕の

身体は硬くなっていく。


 いつも通り、彼女のことを見つめていたある日、彼が外に出てきた。見つかったかもしれない。そう思い、とっさに身体を絡みつけた。すると彼は恐ろしいことに、手に鉈を持っていた。彼は、無情にも僕の身体を切り付け、何度も何度も、僕の身体を引き裂いた。僕はあまりの恐怖に身をすくめることしかできなかった。


 彼は、家に入って、彼女に言った。「あの蔓、放っておくと、すぐに伸びるんだ。窓に絡みつくと、景色がよくない。」


 僕は、身体を引き裂かれた。それでも、あの美しい娘をもう一度見たかった。

僕は何度でも絡みつく。たとえ、彼女に話しかけることができなくても。この想いが届かなくても。

 僕は、何度も絡みつく。この想いに気づいてもらえなくても。

僕の足はこの家の下。彼女を忘れたくても、忘れられない。離れたくても、動けない。


 僕は、何度も絡みつく。

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痛み 日浦 杏 @sky0725

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