エゴの残滓ー子供を作り出す世界よりー
@biosci
完璧な世界
未来の地球、科学の進歩は人類を新たな時代へと導いた。かつて自然の摂理に委ねられていた子供を持つ過程は、先端の体外生殖技術によって劇的に変貌を遂げたのである。21世紀初頭の体外配偶子形成、人口子宮といった研究に端を発した体外生殖技術の進歩は止まることを知らなかった。さらに、この技術は、人間に対するゲノム編集を容易にし、遺伝病を未然に防ぎ、両親の望む理想的な特性を持った子供を「デザイン」することを可能にした。遺伝的な選択が現実のものとなり、健康で才能に溢れた新しい世代が誕生したのである。
この技術の普及によって、社会にはかつてない革命が起こった。伝統的な生殖方法は次第に過去のものとなり、不妊手術を受けることが一般的な選択肢となったのである。人々は、自分たちの子孫を科学的に「作り出す」ことにより、自身の望む特性や能力を次世代に引き継がせることを常識とした。この新しい秩序は、人間の欲望が科学の力を借りて具現化される舞台となり、人々の価値観や生き方に根本的な変化をもたらしたのである。この新しい秩序は、人間のエゴが科学技術を通じて現実化する場となった。
エリナは、この革新的な進歩の中心にいる女性科学者であった。彼女自身が体外受精技術の恩恵を受けており、愛する息子アレクスをこの方法で得たことから、この技術の重要性は彼女にとって個人的なものでもあった。エリナは、体外受精技術が開いた人類の新しい可能性を深く信じていた。彼女は、科学の力で病気を克服し、身体的な制限を越えることによって子供を持つことが、人間進化の新たな領域への一歩であると考えていた。科学的な突破口を通じて、不妊という苦悩から解放された多くの家族の喜びに満ちた顔を見ることで、エリナの信念はさらに強固なものになっていた。それは単に新しい生命を世に送り出すこと以上の意味を持ち、彼女にとっては、未来の世代が直面するかもしれない様々な挑戦に対処するための、希望と可能性を象徴していた。
施設内で、エリナは壁一面に設置された広大なガラス窓越しに、安らかに眠る新生児たちの姿を静かに見守っていた。それぞれの赤ん坊は、精密な遺伝子操作技術を用いて、厳選された特質を持ってこの世に誕生してきた。健康的で病気知らずの生活、そして人智を超えた能力を持つ子どもたちが、彼女が長年にわたって追い求めてきた理想像であり、実現した未来図であった。
しかしながら、この画期的な技術が世にもたらした変革は、予想外の社会的諸問題を引き起こすこととなった。多くの人々は、自らの望む特性を持つ子どもを「デザイン」することに熱中し、子供たちは徐々に親の望む姿を体現する存在、すなわち親の期待や夢を実現するための道具として扱われるようになった。こうした状況は、子供への純粋な愛情を超え、親自身の願望達成や社会的地位の象徴としての子供という新たな現実を生み出していた。エリナは、この技術がもたらす諸刃の剣に心を痛めつつも、科学が開く可能性に強く駆り立てられていた。彼女は、倫理的なジレンマと社会的な責任のバランスを取りながら、未来への道を切り開くことに生涯を捧げることを決意していた。
エリナは、息子アレクスを愛おしく抱きしめていた。彼女の目には希望の光が輝き、息子が未来にどんな可能性を開くかという思いに胸が躍っていた。しかし、その時点では彼女には見えていなかった、科学によってもたらされた「完璧さ」が、実はその小さな肩にのしかかる大きな重荷となっていること、その完璧を求めるプレッシャーが、彼らの若い心に深く刻まれた孤独感をもたらしていることが。そして、「完璧さ」を求めることが如何に愚かなものであるかを。
アレクスが成長するにつれて、エリナはゆっくりとその厳しい真実に目を開かされていった。息子が持つ非凡な才能が、彼を他の子供たちと異なる孤立した存在にしてしまい、彼の心の中には「私はこの世界で本当に属しているのだろうか?」という疑問が芽生えていた。アレクスは周囲と異なる特別な存在であり、その事実が彼自身を他者と分断し、同時に一種の社会的障壁となっていることに、エリナは次第に気づき始めていた。そしてエリナは、息子が抱える独自の挑戦に対し、理解とサポートを提供しなければならないという母親としての責任と、科学者としての彼女の夢との間で葛藤を深めていくことになった。
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