螭のむすめ
水縹 いと
第1話 序
薄らと月明かりを照らし返す真白い肌、透き通るような銀の髪は絹糸のように細く、風にさらわれては襲の上を滑っていく。
細い足がゆっくりと川の中に浸されていくにつれて、周囲を覆い囲む木々がざわめき始めた。
真上からの月明かり以外に彼女を照らすものは無く、鬱蒼と茂る山の奥には有り得ぬような幻想的で蠱惑的な光景が広がっていた。
その傍らに一等綺麗な顔立ちの男がいた。短く切り揃えられた黒い髪、涼し気な色を醸し出す目元、一文字に結ばれた薄い唇、どこを切り取っても美しい男がじっと彼女を見つめていた。
─────しゃんっ、しゃん、しゃんしゃん
彼女が鳴らす鈴の澄んだ音が山の中に響き渡る。きらきらと光が降り注ぎ、辺りの草木に募っては溶けていく。
「賜う神(かむ)、御心によりて霊水を願う」
静閑な山の中、水の中で彼女が舞う音と玉を転がしたような美しい声が祝詞を紡いでいく。鈴が響くと、やわく細い糸がするりと解けていくような快い風が頬を撫でていく。
ほぅ、と熱を帯びた息を吐いた彼の視線は、彼女に縫い止められているように動かない。
水の中が仄かに青白く光り始め、彼女が舞う度に跳ね上がった水滴が伸びていく。ひとつに纏まっていき、紐のようになったそれは次第に動きを伴って、蛇のように彼女に巻きついた。
しゅるりと、腹に、胸囲に、首へ。
水の蛇に意に介さなかった彼女は、顔の前までやってきた蛇にやさしく微笑み、まるで迎え入れるように口を開けた。
細く鋭い犬歯が覗く口内へ、帰っていく。こくり、こくりと喉が鳴り、蛇は彼女に呑み下された。
「
「はい、ここに」
彼女が気だるそうに呼べば、彼はなんの躊躇いもなく水の中へと入った。ジャブジャブと水を踏み歩き、じっとりと水が染み込んだ襲を纏って随分と重たくなってしまったであろう彼女を軽々と抱き上げる。
彼女は彼の懐に手を突っ込み、細長く切られた紙を取り出した。その紙には何やら崩れた文字がびっしりと書かれており、朱色で線を引かれたところをなぞりながら、ぽそぽそと何かを唱える。
そして、まるで餌付けるように彼の口の中へ丸めた紙を放り込む。しゃくしゃくと氷菓子でも食うような小気味な音を鳴らしながらゆっくりと味わい、彼女に向かって破顔する。
「美味しい?」
「はい」
「成功したのね」
彼女はこてん、と頭を預け、眠りに落ちるように眼を覆い隠した。
不思議な高揚が冷めやらぬ山の中でひっそりと終えられた儀式は、ただずっと前から彼女と人々の間にある約束である。
螭のむすめ 水縹 いと @yagimaru01
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