なればこそ、立ちて進む
赤い瞳だ。
吸い込まれるような、ルビーの如き輝きの瞳だ。
目を瞬かせ、その瞳をしばらく見ていた。
四角い木の机が目の前に、同じ材質の木の椅子に座っている。どうやら学校の教室のようなところのようだ。
少女は、机の向こうから乗り出してこちらを覗き込んでいる。
「どうしたの?アデム。ぼーっとしちゃって」
意識を内に戻すように、瞬きを速く繰り返し、息を整える。
…この美少女は、誰だ。
そう思う前に、ポンと頭の中に一つの事が浮かび上がる。
そうか、この子は幼馴染のエルナだ。
エルナ・イングリット。
この国の三大公爵家の一門、イングリット家の公爵令嬢。
風と炎の二重属性を持ち。圧倒的な面制圧を得意とし、また細剣による近接戦も他の追随を許さない。
イングリット家は、このソルロンド王国の象徴たる太陽。その化身としての側面が強い。
なるほど。これはこのアデムの記憶だな。確かに知らない記憶がたくさん存在して、変な感じはするが、わからないよりかはだいぶマシである。
いや、非常に助かる。
「いや…大丈夫。ちょっと眠気が襲ってきただけだよ。ありがとう、エルナ」
「そう?あんまり無理しちゃダメよ?
アデムはとても希少な全属性使いだし、剣術もピカイチだものね。家の人に期待されてるものねぇ」
「…………んー、そうかなぁ?」
そうなん?いや、自然と口に出てなんのこっちゃと思ってるんですけれども。
…待て。知ってるとはいえど、前世の俺には初見なことばかりなのだ。思考の時間を与えてはくれませんかね女神様?
てか、アデム君全属性使えるんだ。で、全属性は希少で剣術も優秀?
え…、大丈夫かなこれ。ボロが出そうですごく嫌なんだけど。
「謙遜しちゃって、まあ…。いつか追い越されそうで怖いなぁ。まだ勝たせて上げないけどね」
「一生、勝てなそうな気はしてるけど…頑張るよ」
椅子を後ろに引きずって立ち、少し凝り固まっていた体をほぐすように伸びをする。
気持ちいい体のほぐれ具合に目を細め、心地いい風と柔らかな日差しに微笑を讃える。
「アデムはこれからどうするの?」
「とりあえず、校内をぐるっと一周して今日は帰ろうかな」
「珍しいわね。いつも鍛錬して帰るのに、私もついていって良い?」
「いや、大丈夫。ほんとにぐるっと見るだけだから、ありがとう」
「そう?わかったわ。また明日ね、アデム」
「うん、また明日」
手を振り、エルナの後ろ姿を教室のドアから出るのを待つ。
そのまま、足音が消えるまで耳を澄ませ完全に消えた後、脱力する。
「ふぅぅ、乗り切ったかぁ?」
再度、どかっと木の椅子にしなだれるように座る。
鳥の鳴き声が遠く聞こえるのを耳を澄ませながら、目を瞑り考える。
とりあえず、潔く下がってくれたのは良かった。
流石に、初対面…ではないにしても、精神性がごっちゃになってる今の状態では、緊張しすぎて怪しまれるだろう。
記憶であらかた今いるところや、何をしていたのかは分かるが、出来る限り自分の目で確かめておいてボロが出ないように、努めなければならない。
…それに、この記憶が確かならアデムは——いや、俺は王選とかいう次代の国王を決めるための候補者同士との争いに参加しなくてはならない。
平凡とは程遠い生活、なんなら前世と真逆の生活にあの樹人に恨みを募らせる。
ともかく、だ。
少しでもこのアデムの記憶を頼りに、この世界に慣らしていこう。
再び立ち上がったアデムは、前世の学生だった頃を思い出す教室を出て、外へ目指す。
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