第15話 轟音、強襲 終幕

 「よし、…これで、賭けに出る。」


 「何してるの、エレグラ。」



 急に姿が見えなくなったエレグラを探していると、隅っこの方でごそごそと何かをしている彼の姿が見えた。近づいてみると、彼はどこからか大量の水が入ったタンクを持ってきていた。



 「これか?非常用倉庫に入っていた水だ、かなりの量がある。…そうだ、空を飛べる隊員を見ていないか?どこかで見かけたことがあるんだが…」


 「空を飛べる?そんなのどこで見たの?」


 「ナノ集落を奇襲した時に見たんだ。遠くからだったから確証はないが、少なくとも捕食者ではなかった。」


 「そんな人…うーん、見たこともないしな…この場にも見当たらないし、死んだんじゃないの?」


 「おい、縁起でもないことを…まぁでも、そう考えるのが自然だろうな。あの状況下だ、無理はない。皇珠、お前は、空を飛ぶ神器を持つ人を知らないのか?」


 「何のことでしょう…人を飛行させるというのは、我々の技術でも難しいことです。この箱舟にそんなに優秀な技師がいたのですか…」


 「そうか…分かった。…ナミカ、探しに行くぞ。」


 「えっ、何を?」


 「決まってるだろ、そいつの死体だ。神器を奪うんだよ。皇珠、持ちこたえられるか?」


 「はっ、はい!よくわかりませんが、こちらは大丈夫です!」



私たちはさっきまでいた武器庫へと戻った。



「ねぇ、エレグラ、本当に良かったの?ただでさえ人手不足なのに、戦場を抜けちゃって。」


 「皇珠は大丈夫だと言っていただろう。それに、あれでは必ず先に疲弊するのは俺たちだ。そこを一気に突かれて全滅だ。せめてある程度の範囲と持続性のある攻撃があれば、まだ勝算はある。」


 「つまり、エレグラは何をしたいの?」


 「水を全身にぶっかけてそこに電気を通しショートさせる。所詮機械だ。見た感じ防水機能もなさそうだし、電流を流せば一発だろ。」


 「そんな簡単にいくのかな…何言ってるのかわかんないけど…分かった賭けるよ。」



 私たちは一つ一つ無造作に散らばった死体を注意深く確認した。周囲には特有の異臭が漂っており、ハエがたかっている。しばらく確認を続けていたが、それらしきものはどこにも見当たらなかった。武器庫に変わりの物がないかと探してみたが空を飛べる神器などどこにも見当たらなかった。



 「どこにもないよ、エレグラ。」


 「おかしいな…見間違えなんかじゃないはずなんだが…エントランスで死んだか?いや、エントランスにそんな死体はなかった。」


 「ねぇ、空を飛んでる人って、一人しかいなかったの?空を飛ぶ神器があるんなら、もっと多くの人に装備させるんじゃないかな。もし技術的にそれが困難なんだとすれば、唯一それを持つことが許されたその人って、相当高位の人じゃない?そんな人の名前が一待ってないはずないと思うけど。っていうかそもそも死ぬこと自体考えられなくない?」


 「それもそうか…だとすれば…もうそいつは動き出してるかもな。戻るぞ。」


 「え!?ちょ、何なの!?」


 私は訳が分からないままエレグラの背を追いかけた。エレグラは終始無言のまま走り続ける。まるで何が起こるかわかっているかのようにひたすらに前へ前へと走っていた。そしてエントランスまで到着した時、だれも予想していない出来事が起きた。


 「…止まれ。」


 「どうしたの?」


 「上だ。」


 「え…あれは…」



 エレグラの指さす方向を見ると、そこには一人の男が空中に浮遊していた。しかし妙なのだ。彼の体にはどこにも体を浮かすようなものはない。見えない何かがあるわけでもない、あれは確実に浮いている。



 「…聞け、愚かなる民たちよ。我は崇高なる『彗星の使徒』である。星を荒らす貴   様らをここで制裁すべく、千数百年ぶりにこの地へ降り立った。」


 「…彗星の…使徒?エレグラ、知ってる?」


 「俺に聞くな。知るわけないだろう。…が、あいつは確かに俺が見た空を飛ぶ人だ。しかし一つ見当違いがあったな。あいつが箱舟の隊員ではないということだ。そしてトラでもコギツネでもない、いやそもそも人間かどうかも怪しい。敵か味方かもわからない。」



 彗星の使徒と名乗る男は再び話し出す。その声から感じられることは一つ、絶対に他者を近づけない圧倒的威圧だ。そしてこの感覚に私は覚えがある。皇珠だ。ただし皇珠のように思わず頭を下げたくなるような威圧ではない。これはまるで恐怖、魂から震えるほどの恐怖的な威圧である。



 「三億年に一度、この地球に接近する幻の彗星、我々はこれを鎮魂者レクイエマー彗星と呼んでいる。その一片の祝福を受けたもの、それこそが彗星の使徒である。我々の使命は 一つ、この星の安寧を保つこと。今までこの星が滅びの危機に瀕した時、幾度となく我が出向き、世界をさら地にすることで滅亡から救ってきた。数百年前、貴様ら人類が終末戦争を始めたときも出向こうと思ったが、幸い、それからしばらくして人類間に格差は生まれたものの争いは緩みを見せ、荒廃した大地には新たな芽が芽生えようとしていた。しかし、今ここに、新たな滅亡の火種が芽生えようとしている。よってこの我が、直々に貴様らを葬ることにした。」


 「…ん?なんだいこの男は…僕たちの聖戦を邪魔しないでもらえるかな、せっかく良いところなんだからさ。まぁいい、君も僕のメガ・パルサーで葬ってくれる。いけ、アイシクルレーザー!」



 メガ・パルサーは男に向かって天を穿つような強烈な冷気を放った。しかし、



 「…これだから愚かだというのだ人類は。いつの時代も!」



 彼が何かしようとしていることは確認できたが、それを私が目視する間もなく周囲に吹き荒れる暴風と共にメガ・パルサーは脳天から真っ二つに割れていた。



 「くそ、よくも僕の最高傑作を!」



 ウーラは悔しそうに歯を食いしばる。誰もが上に乗っていたウーラも二枚卸になっているものと思っていた中、ウーラは辛うじて先ほどの攻撃をかわしていたのだ。



 「生きていたか。あれを避けるとは、やはり馬鹿にできぬ相手のようだな。…ん?」



 男は突然ウーラから視線を変えると、皇珠の方を床に落ちたパンを見るような目 つきで睨んだ。



 「…そうか、お前か。この我を真っ向から否定する使徒は。こういうやつにはつくづくイライラさせられる。」


 (…皇珠?)



 皇珠をみると、彼女はおびえた表情のままうつむいていた。目は泳ぎ、刀を握る手も心なしか震えている。



 「貴様、わかっているのであろう。何とか申してみよ。」


 「…あなたは…『原始』ですか。」


 「いかにも、…で、貴様は今この我と対峙し、何を思っているのか。」


 「…皇珠!?どういうことなの!?」


 「ナミカ…分かった、話す。ここにいる皆さんも、聞いてください。…少し長い話になりますが。…まず、謝らせてください、私は皆さんに隠していたことが二つあります。一つは、私はもう人間ではなくなってしまったということ、もう一つは、この争いを続けることに、何の意味もないということです。順を追って説明します。」



 数十年前、東京某所にて…



 「×××!はやく!」


 「ちょ、待ってよお姉ちゃん!花瓶を運んでいくように言われてたじゃない。」


 「あ、そうだった!えっと、確か…あ、あったあった。あなたが先にもっていっていいわよ。」


 「うん、わかった。…よいしょ…ってこの花瓶、思ったよりも重た…うわ!」

ガシャン!


 「うわぁ、やっちゃったね…お父様が聞いたら起こるだろうな…本当に×××は非力ね。」



 当時の私は、この国の上流階級の家の者というだけで、特別な力もなく、とても非力なただの女の子として、今とは違う名前で過ごしてました。私には一つ上の姉がいるんですが、私なんかよりもずっと優秀です。ちなみにこのあと私はこっぴどく怒られることを覚悟していたのですが、お父様は怒るばかりか、「非力なお前に無理をさせて悪かった」って謝ってきたんです。あの花瓶は他国の要人を迎える重要な会談の場に飾る花を入れるものだったのですが…


 そんなある日、お父様は私と姉に、お客様をお出迎えするようにとお言いつけになったので、門の前でお客様を待つことがあったんです。


 「…お客様、遅いね、お姉ちゃん。」


 「そうね、約束の時間からもう三十分も経ってるっていうのに…何かあったのではないかしら…」


 「私、ちょっと行ってくる。」


 「待って、行くなら私が行く。本当は駄目だろうけど、心配なのは私も一緒だから。それにあんたは非力だから、何かあったらすぐにやられちゃうでしょ?…そんな目で見ないで。神器の力があるんだもの、心配ないわ。」


 「えっ、でもあれってまだ…あっ、お姉ちゃん!」



 姉は私の話も聞かずに、行くのを止めようとする使用人たちを押しのけ、当時まだ開発途中だった神器を持って走り出してしまいました。この時私もすぐに追いかけていれば違う結末だったのかもしれませんが、私はその場でしばらく姉の帰りを待っていました。


 結局、姉は十分経とうが二十分経とうが帰ってくることはありませんでした。さすがに心配になった私は、姉を探しに屋敷を飛び出しました。



 「お姉ちゃん、どこまで行ったんだろう…全然見当たらない…」



 この日はあいにくの雨でした。姉を探すことに必死で傘もささずに走っていた私の服は雨と泥水でぐちゃぐちゃになり、きれいに結った髪の毛も乱れ、とてもお客様をお出迎え出来るような恰好ではなかったことを覚えています。…何分ほど走ったころでしょうか。遠くから大きな銃声のようなものが聞こえてきました。違う武器の音もいくつか聞こえてきていました。私の頭にはふと嫌な考えがよぎり、銃声の聞こえた方向へと忍び寄りました。



 「お姉ちゃん?……!」



 そこには複数の捕食者と戦っている姉の姿がありました。奥の方には迎えるはずだったお客様が見るに堪えない姿で殺されていました。


 「…!×××!逃げて!来ちゃだめ!」


 (逃げれるわけないよ…!助けたい…でも、足が…動かない…!)


 「ん?おい、あっちにもなんかいるぞ。」


 「放っておけ。肉付きが悪い。それよりもこっちだ、こいつを生け捕りにする。もう少し育てば最高級の人肉になるだろうからな。」


 「…!お姉ちゃん!」


 「×××!」



 こうして、私は何もできないまま、姉は捕食者に連れ去られました。私はこの時自分の不甲斐なさと姉を連れ去った捕食者への怒りとで、産声を除けば初めて大声で泣きました。私は幼いころから大人しかったですから、ここまで声をあげて泣くことはなかったのですが。…そしてこの時思いました、こいつらは生かしておいてはいけないと。…そしてこのときの強い殺意が、最初の隠し事につながります。先ほどあの男が言っていた、鎮魂者レクイエマー彗星、三億年に一度この星に接近するあれは、その時の最も強い思いに反応します。そしてその思いの主に破片を落とし、対象の思いに応じた使命と共に人間離れした権能を授けるのです。私はその時彗星の破片を受け、圧倒的な怪力と不老不死の権能、そして捕食者を滅ぼす使命を脳内に強制的に刷り込まれました。彗星のこと、使命のこと、すべて。ですが私の使命は、とある使徒の使命と完全に相反するものであると、のちに知ることになりました。それが彼、原初の彗星の使徒であり、地球上で感情を持った最初の生命体、進化に進化を重ね、とうとう人間になってしまった虫、名も無き原初の感情生命、ある人は彼をこう呼んだ。『眼外者ブーラー』と。彼の使命はただ一つ、世界の均衡を保つこと。この星が穢れてしまいそうになるたびに彼はその原因となる種を滅ぼしてきた。そして私の使命は、戦わずして達成することはない。完全に彼の使命とすれ違っている。私と彼が戦えば、間違いなく私は負けるでしょう。どうせ達成できないもののために、あなたたちを巻き込んでしまった。無駄死にさせてしまった。


……


 「…そんなことがあっただなんて…じゃあ、私たちは今まで、皇珠の使命のために利用されてたってことなの?その使命って、そこまでして、私情を挟まないとしても達成しないといけないことなの?」


 「…彗星の使徒は、使命を授かった時から生き方を強制される。あの日から私は、理性の有無にかかわらず、こうするしかやることがない生き物になってしまったんだよ。」


 「じゃあエレグラは?なんで殺さないの?」


 「彼は捕食者じゃなくなったもの。」


 「だったら、殺し合いなんてせずに、みんな被食者にしちゃえばいいじゃん。」

 「…ナミカ…それ、本気で言ってる?行き止まりがあるなら壁を壊してしまえばいいって言ってるようなものだよ?それ。」


 「皇珠ならできるでしょ?そのくらい。それに、諦めるなんてそんなこと、皇珠らしくないよ!皇珠が何者だからって、あの男が何者だからって関係ない!皇珠はいつだって、捕食者を倒すために諦めることなんてなかった。私たちを必死に鼓舞して、ウーラにだって立ち向かって、…あの言葉、『反逆の狼煙を揚げよ』って、これに込められた思いは、嘘偽りないはずでしょ!」


 「…!」


 皇珠ははっとしたような表情を浮かべた。そしてその瞬間、彼女の刀が握られている右手に、再び力がこもった。


 「…はは、そうだね。私らしくないよね、こんなの。…そう、私は絶対に諦めたりなんかしない!捕食者撲滅は使命である以前に、私の夢だもの!そして世界に平和を取り戻す。」


 (皇珠とあいつの使命が…一致した…?)


 「…ブーラー!よく聞いておきなさい!私は捕食者を撲滅することを目標にしている、でも、ナミカに言われて気付いた。殺しなんてしなくてもいいんだって。それじゃただの侵略、あいつらと一緒だもの。ただし、行く手を阻むものはだれであろうと容赦はしない!…これは私のポリシーなんだけどね、犠牲無くして得られるものはないって。全員が全員馬鹿正直じゃないってことくらいわかってるから、私は全力で戦う。ゆくゆくは、世界が平和を取り戻すことになるって、約束する。日本だけじゃなくて、世界中の捕食者を天虎の呪縛から解放する。」



 ブーラーは終始表情を変えずに皇珠の話を聞いていた。そして皇珠が話し終わったのを確認して、そっと目を閉じ言った。


 「その目の輝き…本当に使命に囚われていないというのか…人間とはこれほどまでに、変われるものなのか…皇珠、だったな。…争いの先にある星の平和、実現を約束できるか。」


 「…!ええ、もちろん!」


 「…そうか、ならば、ここでこの戦いの幕を下ろせ。さすれば我もここを去るとしよう。」


 「わかったわ。…ウーラ、今日のところはもう終わりにしない?私たちはこれからどこに行くかわからないけど、また会ったときは、ゆっくり話しましょう。その時再び刃を交えることのないことを祈るわ。」



 皇珠は座り込んでいるウーラに向かって手を差し伸べた。少し前の皇珠ならあり得ないことである。



 「わかった。…はぁ、負けっぱなしはどうもすっきりしないが、これ以上争いを続けることは避けた方がよさそうだ。今日のところは勘弁してあげるよ。次は必ず、貴様の首を…」


 「はいはい、私の話聞いてた?できればもう争いたくないのよ。」


 「あーそうかい。…まったく、ものの数分で人は変われてしまうんだね。」



そう言ってウーラは小さな球を頭上に投げ、生成された空間の歪みのようなものに飛び込んでどこかへ消えた。この瞬間、捕食者勢力による強襲が幕を下ろした。のちに聞いた話では、この戦いで箱舟隊員の実に八割が死亡したという。そしてその中には…



 「…想一郎…」


 「うそ…想一郎さん、なんで…」



 とある隊員が言うには、想一郎さんはエントランスで周りにいた隊員をレバルディの轟音から守り、壮絶に散っていったそうだ。最後まで仲間を守り通していった彼の雄姿は、決して忘れられることなく語り継がれるだろう。こうして多大な犠牲を払いつつも想定外の乱入者によってこの戦いは終結した。そして私たちは、重大な決断を迫られることになる。箱舟を離れた後、どこで、何をするか。


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