第14話 轟音、強襲 5

 数十分前 

 


 「…皇珠、どうだ。」


 「うーん…すごく複雑なつくりをしているね。可動部分がとにかく多い。もっといっぱい部品を持ってこないと。エレグラ、ネジ取ってきてもらえる?さっきと同じ、三番目の引き出しに入ってるやつ。それと、硬質パーツⅢ型も六個ほどお願いね。」


 「わかった。」



 …トントントントン



 「…よし、ありがと。…えっと、これをこうして…」



 …トントントントン



 「ねぇ、ここの構造がどうしてもわからないんだけど…」


 「そこか?俺も詳しくはないんだが、確か似たようなので、超縮小構造っていうのがあったな。その場合はここがこんな風にだな…」


 「なるほど…捕食者の技術はさすがだね…」



 ……………



 「こら、ナコ。手が止まってるよ。」 


 「はっ、はい!」



 …トントントントン



 「…なあ、そいつに叩かせて効くのか?」


 「いや、正直言うとあんまり。でもまあ、私なりの罰だよ。」



 箱舟のラボにて、皇珠とエレグラがノラネコの修復を行っていたころ、ナコちゃんは罰として皇珠の肩を延々と叩かされていた。皇珠はそんなに肩は凝っていないように見えるが。これが彼女なりの罰なのだろう。…そんな時だった。



 ドゴゴゴゴゴ…


 突然部屋の中が大きく揺れる。一同はあまりの揺れに転倒してしまった。



 「痛ったた…何なの…?」


 「わからない。…ん?なんだ…全身がしびれるような…」


 「どうしたの?エレグラ?」


 「いや、なんだか全身がしびれたような気がしたんだ。」


 「…もしかして…ヘカトンケイル…とうとう使ったんだわ。エレグラ、あなたは今は下手に動かない方がいいわ。とりあえず、ドアの隙間を塞ぐわよ。換気扇も入れて。ナコ、もういいわ。こっちを手伝って。」


 「はっ、はい!」



 皇珠とナコちゃんは素早くドアの隙間に詰め物を詰め、テープで封をした。



 「よし、これでなんとかなったはず…エレグラ、体に異変はない?」


 「ああ、少ししびれるが、問題ない。ところで、これはどういうことなんだ?」


 「これはヘカトンケイルっていう神器の限界超過オーバーリミット。以前から、捕食者の身体能力の高さの秘密は、捕食者特有の因子によるものだっていうことはわかってたの。数年前に捕獲した捕食者の細胞をもとに、技術班がその因子にのみ作用する特殊な放射性ガスを開発したの。まぁとにかく、あれが使われた以上、誰も立っていられないでしょうから、安心して作業を続けましょう。」


 「…放射性ガス…ガスか…待て、放射線ならともかく、ガスだったら…」


 「え?」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 二人が話している最中、再び凄まじい轟音が聞こえてきた。


 「はぁ、やっぱりだ。」


 「今度は何なの!?」


 「レバルディは自身の周りを音波のバリアで覆っている。これはあいつが授かった音を操る権能によるものだ。今の音はおそらく血を使われたか…だとすれば次に来るものは想像がつく…二人とも、今すぐにこの場を放置して逃げるぞ、出来るだけ、遠く、入り組んだところへ。」


 「どっ、どういうこと!?…待って、だとしてもせっかく修復しかかってるこれを捨てることはできない。まだ不完全だけど、機能面ではもう問題ないはず。ナコ、ノラネコをボールにして持ってきなさい!」 


 「わかりました!…っていうか、ドア開きませんよ!?」


 「こんなもの!…おら!」



 皇珠はまるで軽い木の板のように厚い鉄のドアを殴り壊した。見たところかなり重厚そうなドアだが、まったく彼女の腕はどうなっているのだろうか。



 「急ごう、時間がない。」



 エレグラたちはできるだけ遠くへ走った。すると二つ目の角を曲がったあたりで突然、過去二回の轟音とは比にならないような凄まじい轟音が鳴り響いた。



 「何!?」


 「来やがった。二人とも、腰を低くしろ。まともにくらえば確実に死ぬぞ。」


 「わかった…!」



 一同が腰を低く降ろした次の瞬間、轟音はだんだんと三人の方へと近づいていき、猛烈な衝撃波が周囲の壁や柱を砕いていった。それらは次々に三人へと降り注ぎ、やがてそれが収まったころには何もない広い空間に傷だらけの三人が何も言えない表情で立ち尽くしているだけであった。



 「…何…これ…」


 「轟音だ…レバルディが使う虎流殺傷術の一つ、天虎幹部の中でも対物最強と謳われる殺傷術だ。血の効果が乗って三倍くらいにはなってるな。」


 「みんな…早く助けに行かなきゃ!」



 三人が私たちのいる戦場へと向かおうとしたその時、背後から声をかける者がいた。



 「行かせないよ?」


 「…っ!ウーラ…さん…!?」


 (こいつが、ウーラ…天虎幹部二位…)


 (…幹部二位、ウーラ…間近で見たことはなかったが、何というか、すました顔をしている割にものすごい嫌なオーラを放っていやがる…!こいつ、強い…!)


 「ナコ?僕はそこの皇珠護天を殺せと言ったはずだよ?それなのに一緒に何をしているのかな?」


 「ウーラさん…私は…」


 「ナコのノラネコちゃんは私が破壊しました。ついでにナコはしっかり更生させておきましたから。もうナコはあなたのものではないですよ。」


 「何だと…?…ナコ、何だその目は、僕を裏切ったっていうのかい?それがどういうことかわかっているだろう。ノウダンがどうなってもいいのかい?」


 「ウーラさん、私は、もうこれ以上、大切な人を傷つけるようなことはしたくないです。だから私は、皇珠さんたちと一緒にあなたを倒して、ノウダンさんを解放してもらいます!」


 「…本気で言っているのかい?愚かだなぁ、この作戦が終われば、本当にノウダンは帰ってきたのに。」


 「…私、思ったんです。こんな方法でノウダンさんを助けたとして、ノウダンさんは喜んでくれないって!仮に気付かれなかったとして、私自身、こんな方法で助け出しておいて、顔向け出来ません!」


 「ははは、何を言い出すかと思えば…犯した罪が今更消えるとでも?もう遅いんだよ!お前は!」



 ウーラはそう言って、悪魔のようにナコちゃんを嘲笑った。しかしナコちゃんにそんなものは通用しない。



 「確かに、犯した罪が消えることはないです。でも、これ以上行ってしまえば、私は私じゃなくなるでしょう。今もどこかで戦っているお母さん、お父さんにも、これ以上迷惑はかけられない。二人も恩師であるノウダンさんと同じくらい大事な存在ですから。」


 「…そうか、そうかい。でも君の大切な家族はもうとっくに死んでいるだろう残念だったな!お前はここですべてを失う。家族も、ノウダンも、そこの二人もナミカも、自分の命さえもなぁ!…目障りだ、死んでもらうよ。行け、機械獣たち!」



 ウーラは大量の機械獣を放った。ノラネコほど大きくはないが、それでも彼の脇腹辺りまではある。



 「あんたたち、やるよ!」


 「任せろ!」


 「わかりました。ノラネコちゃん、お願い!」



 皇珠とエレグラは刀を構え、ナコちゃんはノラネコを放った。ノラネコの姿はつぎはぎでどこか不格好だが、一応断裂した部分はしっかりつながっているようだった。



 「はは、なんだいその機械獣の姿は。変な名前を付けられた挙句そんな安っぽい素材で修復されるとは…ああ、哀れな機械獣だ。(それにしても…こいつ、どうやってあの体を斬ったんだ?)」


 「ノラネコちゃんを馬鹿にしないでください!この子はもうあなたの言いなりになんかさせません!制御装置も取り外させてもらっています。」


 「…制御装置を外されたか…まあいい。だからなんだ、そんなぼろ猫、一瞬で砕いてやる!行け!」



 ウーラの機械獣は一斉にこちらへ襲い掛かってくる。小型とはいえ腐ってもウーラが作り出した機械獣、流石の機動力を持っている。



 「任せて!紅雷!」



 刀から迸る赤い稲妻とともに皇珠は襲い掛かる機械獣をものともせず、一瞬ですべて切り伏せてしまった。



 「やるね…まさかここまでとは…でもまだまだあるよ。」



 ウーラは前回よりも多くの機械獣を放ってきた。



 「俺が行く。」



 エレグラは凄まじいスピードで、襲い掛かる機械獣を弾き飛ばす。するとそこに、ウーラの元へ繋がる一本の道がナコちゃんとの間に一瞬出来た。



 「いまだ、ナコ!」


 「ノラネコちゃん、お願い!」



 まさに一瞬の隙をついた一撃だった。ノラネコはまさに雷鳴の如き速さで、『道』を潜り抜け、ウーラの胸元を切り裂いたのだ。



 「うっ…!」


 「あたった…!」


 「ぼろ猫のくせに…消えろ!」



 ウーラに一撃を与えたノラネコだったが、すぐにウーラの鉈を修復部分にくらい、再び真っ二つに断裂してしまった。



 「ノラネコちゃん!」


 「はぁ、はぁ、いいだろう、君たちを認めよう。確かに強かった。待っていろ、今僕の最高傑作で相手をしてやる。」


 「…!待て!逃げるな!」



 ウーラは小さな球体を頭上に投げ、空間に歪みのようなものを作り出すと、そこに飛び込みどこかへ消えてしまった。


 

 ……

 


 「…てことがあって。絶対またウーラは来る。お疲れのところ悪いんだけど、手伝ってもらえないかな。」


 「…まさかウーラと三人が対峙していただなんて。無事でよかった。」


 「ナミカ、あいつはおそらくもうすぐ来るだろう。俺が思うには、奴の最高傑作っていうやつはとてつもなくでかい。そしてナコのノラネコなんか比にならないくらいの戦闘力を有しているはずだ。お前のことは正直侮っていたが、今こうしてこのレバルディを倒した。十分戦力になるだろう。頼む、力を貸してくれ、二人もな。」


 「もちろん、最初からそのつもり。二人もいいよね。」



 私が二人の方を見ると、二人は覚悟を決めた表情で「うん」と頷いた。するとそのとき、ドアの向こうから聞きなじみのある声が聞こえてきた。



 「僕らを忘れないでくださいよ、ナミカさん!」



 ドアを開け入ってきたのは、ヨウタさんやその他大勢の生き残った各隊の隊員たちだった。



 「ヨウタさん!?生きてたんですか!?今までどこに?」


 「何もここに逃げ込んだのが全員っていう訳じゃないですよ。僕らはこことは違う場所に逃げ込んでいたんで、レバルディの攻撃を受けずに済んだんですよ。…それにしても、僕らの中にナミカさんがいないって気づいたときは、今度こそ死んでしまうって思いましたよ。」



 そう言ってヨウタさんは声をあげて笑う。



 「何笑ってるんですか…この程度じゃ死にませんよ!それにほら、私の武功なんですから。」


 「え、レバルディ…ナミカさんがやったんですか?…またまたぁ、冗談よしてくださいよぉ!」


 「いや、ナミカが言っていることは本当よ人畜無害君。私とクルははっきりと見ていたんだもの。」


 「なんか当たり強くない?…まぁ、お二人が言うんでしたら、そうなのでしょう。ナミカさん、本当にありがとうございます。」



 ヨウタさんは若干ステラを睨んで言った。



 「ご存じの方もいると思いますが、この舟には今レバルディとは別に、もう一人の幹部が乗っています。その者は天虎幹部二位、ウーラといいます。これを討たねば、我々に未来はないでしょう。…皆さん、準備はいいですか。これより、この箱舟の歴史上最大の合戦にして、の戦いに終止符が打たれようとしています。」


 「え?っちょ、ちょっと待って!?皇珠、今最後の戦いって…」


 「ええ。そうですナミカ。残念ですが、ここからの舟の修復は難しいでしょう。仮に修復できたとして、敵に情報が洩れている以上、すぐにここを離れなければいけません。…よってこの戦いの後、我々はこの舟を放棄します。」



 皇珠は緊張からか、また初めて会った時のような礼儀正しい口調になっている。彼女の顔は酷くしかめていた。よほど悔しいのだろう、怒っているのだろう。そうして一度深呼吸をしたのち、少し間を開けて彼女は最後の号令を掛けた。



 「…私から言うことは一つ、『反逆の狼煙を揚げよ!』」



 その瞬間、辺りは大地が震えるように沸き上がった。皇珠のこのたった一言にどれだけの思いがこもっているか、この場にいる全員が理解していたのだ。いや、この言葉は皇珠だけの思いがこもっているわけではない。今まで捕食者に家族を、住む場所を、時間を奪われていったすべての名も無きコギツネたちの思いがこもっている。思い返せばここの人たちは事あるごとに反逆の狼煙を揚げよと叫んでいた気がする。彼らにとってこの言葉はとても重要な意味を持つ言葉なのだろう。そして今、私もこの言葉を大切に思えるようになったのだった。



 皇珠の号令で士気が高まった私たちのもとに、突然大きな音が聞こえてきた。ついにことが起きたようだ。



 「…来ましたか…さぁ、行きますよ!」



 私たちは武器庫を飛び出し、エントランスまで走った。するとそこには、真上に昇ってきた太陽に照らされ、まばゆい光沢を放つ超大型の機械獣とウーラが待ち構えていた。



 「おや、なんだか人数が増えたようだね。…この感じ、レバルディがしくじったか…いい仲間を持ったようで何よりだ、ナコ。まぁ、関係ないんだけどね。僕の最高傑作、このNS:OV30式γ型機械獣、通称メガ・パルサーの前ではね!」


 「メガ・パルサー…エレグラ、聞いたことある?」 


 「ウーラがやばいものを隠し持ってるって話は昔聞いたことがあるが、名前までは知らなかった。…とにかく、余裕で死ねることだけは確かだ。」


 「いけ、メガ・パルサー!この小汚い輩どもをぐちゃぐちゃにまとめてハンバーグにしろ!」



 メガ・パルサーは空気を押しつぶすようにしながら私たちに拳を振りかざしてきた。その拳ははっきりと死をイメージさせてくれるような恐ろしく巨大なものである。



 「ぐわっ!?」



 私たちは間一髪避けることが出来たが、地面に拳がぶつかった際の衝撃で数メートルほど吹き飛ばされてしまった。



 「無駄だ!」



 その後も何度もメガ・パルサーは私たちに隕石のような一撃を浴びせてくる。一撃一撃が限界超過のような、規格外の威力をした拳を。



 (…なに、これ……死が、降ってくる…みんなは?大丈夫なのかな…)


 「ナミカ!ぼけっとしてないでこっちにこい!死ぬぞ!」


 「エレグラ!」



 私はエレグラのいる瓦礫の裏の方へと飛び込んだ。そこには、皇珠、ステラも一緒にいた。



 「ナミカ、いったん落ち着いて聞いてくれ。あいつを倒すための策が一つだけある。」


 「あるの?あいつを倒す方法が?」


 「ああそうだ。一応かつては捕食者をやっていた身だ、天虎内部のいろいろな噂が入ってきている。…ただ、問題は、あくまで噂の範疇であることを元に作戦を立てたってことだ。だからこれは賭けになる。命を懸けた賭けだ、失敗すれば、死ぬ。」


 「…分かった…賭ける。聞かせて。」


 「まず、あれの基本性能は、見ての通りの物理攻撃、圧倒的な耐久力だ。それと恐らく何らかの遠距離攻撃も持っていると思われる。普通に戦って勝てる相手じゃない。…でだ。ここからは噂の話になるんだが、あいつは中性子星とかいう馬鹿みたいに膨大な力を持った天体のかけらからできている。それが故に、その力を制御するのに手いっぱいらしいんだ。あいつは一見めちゃくちゃ硬そうに見えるが、内部からなら針の一刺しで簡単にぶっ壊れちまうほどもろいらしい。」


 「…それってつまり…」


 「ああ、あいつに無理やり負荷を掛けさせて自壊させる。それしか方法がない。」


 「…でもどうすんのよ。自壊させるなんて。」


 「ステラ…そうだな…俺たちが頑張るしかないと思う。俺たちがあいつと互角以上の勝負をすることが出来れば、あいつも更に強い力で対抗するしかなくなるだろう?」


 「やるしかないみたいですね、皆さん。私に従ってください!重火器等の遠距離武器を持っている者で、あれに集中攻撃を行います!」



 皇珠は遠距離攻撃が出来る隊員たちをメガ・パルサーの周囲に配置し、集中攻撃を始めさせた。思った通り効果はほとんどないようだが、気を引く程度にはなっているのだろうか。

 

 相変わらず暴れまわるメガ・パルサーとの混戦が続く中、エレグラは一人次なる作戦の準備をしていた。

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