第12話 轟音、強襲 3

 一階のエントランスを焦った表情で走っていくナコちゃんを見つけた私たちは非常階段を使って急いで下へと向かう。それにしてもどうしてナコちゃんがあそこにいたのか。普段ならば大人しく隠れてくれているはずである。



 「医務室の方へ行ったぞ。何をする気だ。」



 「きっと皇珠に助けを求めに行ったんだよ。でも皇珠は…」



 迫りくる敵の目を掻い潜り、医務室の前に着くと、そこには暗い表情で震えながら立ちすくむナコちゃんがいた。その手には何やら手のひら程度の丸いものがある。



 「ナコちゃん!」


 「…ナミカさん、エレグラさん、ステラさん…それにクルさんまで、」


 「ここは危険だよ。私たちと一緒に行こう!」


 「なんで、よりにもよってあなたたちが…やりずらいじゃないですか。…すみません皆さん。私はやらなきゃいけないことがあるので、行けません。」


 「ナコ…何をする気だ。」



 ナコちゃんは目に涙を浮かべながら言う。



 「…皇珠さんを、殺します。」



 「!!」



 そう言ってナコちゃんは手に持っていた玉のようなものを地面に落とす。するとその玉は見る見るうちに体積を変え、巨大な猫のような怪物へと姿を変えた。



 「ナコ!あなた…自分が何をしようとしているかわかって…」


 「止めないでくださいステラさん!私だってほんとはこんなことやりたくない。でもこうしないと…ノウダンさんが…」


 「ノウダンさんが!?…って、私知らないけど…なんなの、ナコ、はっきり言いなさいよ!」



 ナコちゃんはそれ以上話すことはなかった。ナコちゃんが私たちを指さすと、怪物はこちらへとびかかってきた。



 「この怪物…天虎のものだ、間違いない。幹部二位のウーラが作り出した機械獣だろう。ナコは、ウーラに脅されている可能性がある。おそらくノウダンさんも、人質に取られているんだろう。子供の純粋な心を利用した卑劣な戦略だ。」


 「じゃあ、レバルディの言っていた裏切り者って、ナコちゃんのことだったの!?」



 怪物はその鋭い爪で私たちへ猛攻を仕掛けてくる。何度もその爪で周囲を攻撃し続け、壁や天井には大きな爪痕がどんどん増えていく。



 「エレグラ、どうしよう。」


 「くそ、避けることしかできない。しかもこれ、まずいな、このままいけば天井が崩れかねない。敵味方関係なく全員あの世行きだ。」


 「なあ、ステラとか言ったな。お前、限界超過はもう使ったのか?」


 「使ってないけど、てかあんた誰よ、名前くらい名乗ったらどうかしら。」


 「ああ、クルだ。本名だ。由来を聞いて以降あんまり気に入ってない。これでいいか?いいなら限界超過を撃ってくれ。もしかすると君の攻撃ならあいつに効くかもしれない。」


 「そう、わかった。その代わり付けは倍にして返してもらうから。…隊長からもらったライフル用クラスター弾、こいつの威力はさっきので確認済み。これを使って…よし、みんな私の後ろに下がって!…ナコも!死にたくなけりゃ下がんなさい!」



 全員ステラの後ろに下がったことを確認するとステラは降星を構える。ナコちゃんもそれと同時に少し後ろに身を引いた。



 「降星コウセイ限界超過オーバーリミット夢幻天影ムゲンテンエイ拡散クラスター!」



 勢いよく放たれた無数の弾丸は一瞬にして空間を包み込み、怪物に命中した瞬間さらに無数に分裂した。辺りには煙と緊張が立ち込める。



 「…おい、嘘だろ。」



 煙が晴れた時、そこにあったのは何事もなかったかのように立っている怪物であった。



 「なんで…私の夢幻天影をくらっても立っていられるの…いよいよ本当に気色が悪いわ。」



 私たちはこの時確かに絶望していた。おそらく威力だけを見ればステラの攻撃は皇珠にも匹敵するほどである。それを受けて傷一つついていないのだ。しかしそんな絶望もほんの一瞬の出来事であった。怪物の後ろには何事かと病室を出てきた皇珠が立っていたのだ。



 「えっと、これってどういう状況?」


 「皇珠!?大丈夫なの!?」


 「うん、今は案外大丈夫。それよりも、これは…」


 「実は…」



 私は皇珠に今までのこと、そしてナコちゃんのことを伝えた。



 「…ついにトラの魔の手がこの箱舟にまで…ナコ、今ならまだ引き返せる。あなたを操っているウーラという男も、一緒に倒そう。ノウダンも、必ず助ける。」


 「…駄目なんです。ウーラさんは強すぎます。いくら皇珠さんが強くても次元が違いすぎるんです。それに、皇珠さんはただでさえぼろぼろなんですよ?…私にとって、ノウダンさんは恩師であって、何よりも大切なものです。だから、より確実な方を選びます。あなたを殺せば、今度こそノウダンさんを解放してもらえるかもしれない。ということで、すみません、死んでください。…ノラネコちゃん、殺って。」



 ナコちゃんがノラネコと呼ぶ怪物は皇珠の方を向き、その鋭い爪で皇珠に斬りかかった。その姿は猫とは似ても似つかぬものである。しかしここはさすがというべきか、皇珠は目にもとまらぬ速さで攻撃をかわした。そしてそのまま刀を抜き、無数の斬撃をノラネコに浴びせた。



 「なんで…そんな体でこんな動きができるんですか…本当に化け物ですね、ウーラさんが危険視するだけあります。」


 (何とか戦えてるけど、こう見えて全身の傷が完全に癒えたわけではない…私が動けなくなるのも時間の問題か…)



 ノラネコは皇珠の攻撃を浴びてもなお、何事もなかったかのように立ち上がり再び襲い掛かる。何度もそれが続くうちに、皇珠にも徐々に疲労が見え始めていた。



 (この化け物…硬すぎる…どんな素材でできてるの…)


 「どうしました?先ほどまでの勢いはどこへ行ったのですか?…やはり、あなたでは無理です。私のノラネコちゃんに苦戦するようならば、ウーラさんには勝てるはずもありません。」


 「はぁ…はぁ…ところで、そのウーラってやつは、どんな力を持っているのよ。」


 「言えるわけないでしょう。ウーラさんの情報を渡すのは、主人を裏切るのと同じことですから。」


 「…それじゃあ、こっちをはっきりさせておこうかな。いつから裏切っていたの?いつ、どうやって外部に情報を与えたの?セキュリティーシステムの解除はどうやったの?」


 「裏切ったのは割と最初からです。ナミカさんたちが武器を選んでた時、ふとノウダンさんがいないことに気が付いたんです。ノウダンさんはよくたばこを吸っていたので、外にいるんだろうって思って、外に出てみることにしたんです。そうしたら……」



 数日前…

 


 「ノウダンさん…どこに行ったんだろ。…あれ?」


 「くそっ、なんだこいつ!離せ!」



 遠くから人がもめ合っているような声が聞こえたんです。私には一瞬でそれがノウダンさんの声であるとわかりました。それで急いで声が聞こえた方向へ向かったんです。



 (ノウダンさん!?…捕食者に襲われてる!?たっ、助けなきゃ…!…あれ、なんで…足が…動かない…!)



 私は恐怖で足が動きませんでした。助けなきゃって、心の中では思っているのに、動けないばかりか、むしろ体が勝手に逃げようとさえしていました。そうしていたら、運の悪いことに、もめ合っている相手…ウーラさんと目が合ってしまいました。



 「ん?…なんだあの小娘は。」


 「ナコ…!?おい、やめろ、あの子にだけは手を出すな、俺はどうなってもいい、あの子にだけはやめてくれ!」


 「馬鹿、ガキの肉が一番うまいんだろう。最近は質のいい肉にあり付けてなかったからね、ありがたくいただいておくよ。」


 「ナコ!?逃げろ!」



 私は一瞬全身にものすごい寒気を感じて、気付いたころには背を向けて走り出していました。でも、案の定、すぐに追いつかれてしまって、私は地面に押さえつけられました。



 「逃げられると思ったかい?」


 「!?…やだ!離してください!」


 「離さない。あの男と一緒に肉片になってもらうよ。」


 「させるか!」



 ノウダンさんは後ろから拾った石でウーラさんを攻撃しようとしたんですけど、それも無意味でした。



 「おっと…」


 「避けられた!?」


 「君は眠っておいてくれ。」



 ノウダンさんは攻撃を避けられた後、頭を思いきり殴られてその場に気絶してしまいました。



 「ノウダンさん!」


 「さてと、早めに解体してしまおう。僕も暇じゃないんだ。…ん?君…」



 ウーラさんは鉈を取り出して私を斬ろうとしたんですけど、何かに気付いたのかわかりませんけど、突然振り上げた鉈を下ろしてノウダンさんを殺されるか、自分の指示を聞いてノウダンさんを自由の身にするかって聞いてきたんです。



 「…いいだろう。この男は君にとって大切なものなんだろう?…この男を人質にする。君が僕の言うことを聞いてくれるのであれば、この男…ノウダンだっけ?を解放する。ただし、聞かないというのであれば、この男は肉塊となる。…さぁ、選ぶんだ。」


 「…しっ、従います!何でもします!だからノウダンさんには手を出さないでください!」


 「よろしい。では手始めに、君らのアジトの場所を教えてもらおうか。」


 「…はい。」



 その後、私はウーラさんに箱舟の場所を教えました。九州に行く時ももちろん。それから、唯一セキュリティーロックが解除される瞬間、五日に一度、夜に行われる定期点検の時、セキュリティールームに入る側近のなんとかさんと一緒に室内に忍び込んで暗号キーを指の動きから解読しました。そして昨夜、セキュリティーロックを解除したんです。他には、ウーラさんに手渡された、盗聴器…とかいうものを各所に配置したり、発信機をつけたりもしました。なのでエレグラさんに付いていたものがなくとも、どのみち本州からの刺客はもうじきここへやってきます。


……


 「そんなに前から裏切っていたの…?公のやつ…あれほど油断しないようにと言っておいたのに!…ひょっとしてナコ…あなたあの時、厨房であった時のあなたは、セキュリティールームに忍び込んだ後だったの?それに、盗聴器や発信機も…まずいわね。」


 「そうですよ。あの時の私はセキュリティールームに忍び込んだ後でした。それよりも急いだほうがいいと思います。すでに幹部全体がここの存在を知っていることでしょうから、援軍が駆けつけてくるのも時間の問題です。」


 「…!そうだ、こんな所で止まってられなかった。あなたも、レバルディも、ウーラも倒して拠点を変える必要がある。もう出し惜しみは無しだ。みんな、もっと後ろへ!」


 「わっ、分かった!」


 (周りへの被害は最小限に、目標に一点集中…うん、出来る気がする。)


 皇珠は私たちが後退したのを確認すると、刀を構えた。


 「天叢雲アメノムラクモ限界超過オーバーリミット・Ⅱ・雷電参光らいでんさんこう!」



 皇珠はノラネコに凄まじい速さで突撃、激しい雷光を身にまとい胴と脚を真っ二つに切り裂いた。今までの限界超過とは違う、一点に強力な一撃を与える全く新しい技であった。



 「そんな…ノラネコちゃんが…あんまりよくわかんないけど、人工的に作られた中性子星?の一片とかいうとてつもなく硬い物質でできているのに…技の威力っていうのもあるけどそれ以上に皇珠さん…あなたの体はどうなっているんですか…」


 「やった…のか?」


 「ナコ、あなたにはもう戦う術はない。大人しく投降して。」


 「…だめ、です。ここで私が諦めたら、ノウダンさんは!」 


 「ナコ!」



 皇珠は突然声色を変えてナコちゃんに怒鳴る。



 「…もう一度問う。ウーラを共に倒し、ノウダンを救わない?今の私の実力でも、物足りないかな?」


 「皇珠さん…私は…怖いです。目の前で見るウーラさんは、何とも言えない重圧を放っています。そんなあの人に立ち向かうのが、怖いんです。…っ私は…」



 皇珠は真っすぐにナコちゃんを見つめ、返事を待っていた。ナコちゃんはしばらく沈黙したのち、顔を上げ、皇珠の目を見て言った。


 「戦います。…私は、あなたを信じます。犯した罪は消えることはないけど、これ以上被害が出ないように、私は、あなたを信じて戦います!」


 「いいでしょう。あなたの過ちのすべてを許すことはできないけれど、せめてもの弔いとして、あなたも私たちとウーラと戦って。さっき刃を交えてわかった。あなたの使役している化け物は、しっかり戦える。出来るかわからないけど、出来る限り急いで修復を試みるわ。…うっ!」



 皇珠は突然苦しそうにうずくまる。



 「皇珠さん!?」


 「がたが来たみたい…もともと怪我を負っていたところにさっきの限界超過…ごめん、少し待っててほしい。私はこの機械を修理したらすぐに向かう。これでも少し心得はあるんだから。ナミカ、ステラ、クルは、レバルディの元へ向かってほしい。」


 「わかった。」


 「エレグラとナコは、ここに残って。いろいろと聞きたいことがあるの。」


 「了解した。」


 「はっ、はい。」


 「それじゃ、私たちはレバルディと一戦やってくるね。終わったらそっち向かうから!」


 「うん、三人とも、武運を祈るよ。…いや、『反逆の狼煙を揚げよ』!」



 私たちは再びレバルディとの戦場へと戻るため走り出した。新たに現れた敵…想定外の事態の連続に、私は頭が限界であった。


 

 …同刻、箱舟内のとある一室にて…



 「…遅いな、あの子。皇珠護天は重傷だって話だったし、負けることはないと思うんだけど…迎えに行ってみようか。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る