【28】アベル様の生い立ち
アベル様と庭園へ移動し、人の少ない場所を探し、そこで立ち話する。
「どうしました、急に」
「……あなたが可愛いことするから」
アベル様は口元を抑えて少し頬を赤くしている。
「か、かわいいこと!? え、なにかしましたか、私」
「その、私のスーツの裾を……」
「え? あれって可愛いんですか?」
「はい、ちょっと抱きしめたくなるくらいには」
「え、ええと……」
私は返答に困って、アベル様から目を逸らした。
「すみません、こんなこと言ったら困りますよね」
「あ、いえ、そんな事は」
返答には確かに困るけれど、気持ちは全然困らない。
むしろアベル様にそんな風に思ってもらえた事が、なんだか嬉しい……。
「……少し、座りましょう」
手近なベンチに私達は座った。
「兄が失礼をしました。申し訳ありません」
「いえ。でも、言われなければお兄様とは思いませんでした。全然似ていませんね」
「ああ、私は前辺境伯の親戚、といっても、私生児だったんですよ」
アベル様は座ると唐突にそう言った。
「え……。そうだったんですね。それは……かなり苦労されたのでは?」
私生児……というと、不遇な子供時代を過ごされたのだろうか?
彼の兄の態度を見るに、いじめられたりとか?
私のその心配を感じ取ったのか、アベル様は、ああ、大丈夫ですよ、と言った。
そして、詳しいことを語ってくださった。
「私の場合、私生児と言っても、相手の女性は平民ではなく……外国のそれなりに身分のある女性だったらしく責任をとって引き取ったそうです。また、ありがたいことに、父の浮気で出来た息子だというのに、母は私を可愛がってくれてました。……まあ、そういう事もあり、兄は私のことが気に入らなくて、折り合いが悪いんです」
成る程。
確かに血は半分繋がっているとはいえ、父親が外で作った子供を、自分の母親が可愛がるとかは面白くないだろう。
そこに関しては、あの兄がアベル様を嫌うのは、仕方のないことではあるかな。
しかし、あれ?
「たしかにそういう事なら仲も悪くなりますよね。それにしても、お兄様がいたのに、アベル様が爵位を継いだんですか?」
しかも、血統が悪くないとはいえ、私生児。
「……セバスが爵位継承権がある親戚の子をみんなテストしたんですよ」
「て、てすと!? 継承順とかあるんじゃないの!?」
「あります……あったんですが……」
少し難しい顔になってアベル様は話を続けた。
「実はかなり昔に、追放された前辺境伯が、爵位はもう譲ると言い出してたんですよ。その時に彼の弟が引き受けることに一度なりかけたのですが……あまりにも領地経営の内情がぐちゃぐちゃだったのと、領主としての勉強不足で、とてもまともに仕事ができなかったんです、そして……こんなの無理だ! と継承権を放棄してしまった」
「あらまあ……」
「で、その他の前辺境伯と同年代の継承者も、領主を継げるような勉強をしていなかったんですよね。それに彼らは彼らで既に家業もありましたし。そしてセバスが仕事をこなせる人でなければ意味がないと強く前辺境伯に言ったそうです」
「まあ、普通、自分たちに爵位が回ってくるとか思わないですよね。順調に回ってる領地ならば多少領主の仕事をしていなくても勉強する時間もとれるでしょうけども……アベル様の様子を見るに、オキザリスの今の状態をいわば素人が引き継ぐのはきつそうです」
「そうなんですよ。そこでセバスが ”仕事を教えつつ、かつ新領主様を一から教育するから若い方を養子に” 、と前辺境伯に進言して親戚中の子供をかき集めてテストした訳です。……で、そのテストをクリアできた子供が私だけだったんですよ」
「アベル様、優秀でいらっしゃったんですね」
「あ、いえ、自慢するつもりではなかったのですが」
無表情ながらも、すこし
「そんな風には思っていませんよ。ふふ、実は落ちた方が良かった、なんて思いませんでした?」
そういうとアベル様はクスッと笑った。
「よくわかりましたね、その通りです。何度も何度も思いましたよ。……でも、兄にしたら面白くないんですよね」
「でしょうね。なるほど、それでお兄様はああいう態度であると」
「お恥ずかしいですが、そうなのです。なにぶん親戚ですので、またご迷惑おかけすることがあるかもしれません」
申し訳無さそうに言う。
もしそういう事があっても、それは貴方のせいじゃないですよ、と心の中で思う。
「大丈夫ですよ、あれぐらいは王宮でもよくあることでしたから。ただ遠慮なく言うとですね……あの方、生理的に無理でした!」
「ふふ。なるほど。だから気分悪そうにしてたのですね」
「はい!」
私は調子よく笑顔で言うと、アべル様も楽しそうな顔をした。
アベル様の
そんな話をした後は、他愛もない話をいくつかして、しばらく休憩したあと。
「あっ……」
「どうしました?」
「いけない、伯爵にまだ挨拶してなかった!」
「そうでした! うっかりです!」
私達はまた、パーティ会場へ戻った。
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