【8】 屋敷を塗装します。メルヘンに。



 別棟のすっからかんだった倉庫へ、ペンキを大量搬入してもらった。

 別棟とはいえ、さすが領主屋敷の倉庫。

 あれだけのペンキが搬入されても、まだスカスカだ。


 そして搬入してもらった次の日。

 私はさっそくペンキを使う事にした。


「ねえねえ、なにするの?」

 ペンキの運び出しを手伝ってー、と人形たちを呼び寄せる。


「うん、みんなでペンキで遊ぼうと思って」


「ええ、僕たち汚れない?」

「魔力で、表面をおおってあげるから大丈夫だよ」


「それなら平気だね! 具体的にはどうするの?」

「うん、実は絵を描いたんだけどー」


 ぬいぐるみが大集合して、私が描いた絵を見る。

 絵を描くのは得意なほうではある。


「あ、これって~」

「成る程、外観のリフォームか、アプリコット」


 ニャン教授も何故か作業着を着てる……と思ったら、ぬいぐるみたちが皆、着てる!

 主人の知らない所でいつの間にか服のバリエーションを用意している!


「さて、塗っていこうか!! サメっち。屋根を塗る時、乗せてくれる?」

「おっけー」



 ***



 ペンキを塗りを始めて、10日程経った。


 全体的にパステル調の色合い、メルヘン調……なんだか遊園地っぽくなってきた。


 屋根が可愛いピンクだったり、壁に黄色で星や花が描かれていたり。

 ついでに屋根のてっぺんには星やハートの模型を取り付けてみたり。


「わー。かなりメルヘンになってきたね~」


 サメっちが楽しそうに空を泳ぎながら、私の『メルヘン城』を眺める。


 前世で、子供の頃に『遊園地に住んでみたい~』とか思ってたのが発想の元になりました。

 一応言っておくと屋敷の中はそのままです。

 外観だけいじりました。


「でしょう!」


「私としてはもう少しダークな色合いが欲しいが、主人マスターはお前だからな。うん、お前には似合う城になってきたな」


「大きなお屋敷だから、まだまだいじりがいがあるよね――ってあれ?」 


 急にみんなが、ただの人形に戻って消え始めた。

 消えた子は『所定の位置』に戻ってるだけなんだけど。


「アプリコット姫……これは……いったい……」


「!!!」


 背後から旦那様の声が聞こえた。


 あ、やば。


 そういえば、旦那様にペンキを塗る了承貰うの忘れてた!!

 で、でもここは好きに暮らしていいって言われたもんね!?


 私は満面の笑顔で振り返った。


「あ、旦那様。こんにちは!」


「……こんにち、は」

「……」


 セバスも一緒だった。セバスは口開けたまま無言。


「えっと、好きに暮らしていいってことでしたので! ペンキでリフォームさせて頂きました!!」

「……いや、たしかに、言いました、が……」


「可愛いでしょう!!」


 可愛いで押し切ろう。可愛いは正義だからな!


「か、かわいい……?」


 旦那様が何かを一瞬思案する顔をした。


「別棟が、歴史ある別棟が……」


 セバスがなんか言ってる。そしてよろめいた。

 そうか! 歴史があったか!! この別棟! 生まれ変わる時が来たのだね!


「セバス、しっかりしろ」


 旦那様が、セバスを支えた。


「も、申し訳ありません……」

 

「まあ、そうでしたのね。では私のこのリフォームは、新たな歴史の1ページになりますね」


 屈託くったくなく、純粋な笑顔をできるだけ演出した。

 ペンキまみれの作業着で、顔にも多分ペンキついてて汚れまくってるけど!!

 ノリでなんとかしたい。

 世の中ノリでなんとかできることもある!!


 旦那様は、セバスを支えながら、そんな私の姿を見て、


「……ふふっ」


 困ったように笑った。


 えっ。


 私は目をパチクリとした。


「……街の塗装とそう屋から感謝の手紙が届いたんです。あなたが発注ミスしたペンキを全部買い取ってくれた、と」


「はあ、その通りですが。まあ、わざわざお礼の手紙を頂いたのですね。そちらへご連絡が届いたみたいでどうやらご迷惑をおかけしましたね。すみません」


「いえ、かまいません。むしろ領民を助けて頂いてありがとうございます」


 旦那様の瞳のトゲトゲしさがなくなった気がする。

 というか、私がそんな風に受け取っていただけかな?

 この人ずっと無表情だからわかりにくいなぁ。


 ――とりあえず、これは本当にお礼言ってくれてるんだな。


「旦那様がくださった予算から買ったので、お礼など。むしろありがとうございます」

「――いえ。それより、やはり侍女を寄越します。1人は大変でしょうから」

「いりません(きぱっ)」

「えっ」


「ホントにいりません。1人で大丈夫です。1人がいいんです」


 私は毅然きぜんと断った。

 私はぬいぐるみたちと暮らしたい。

 

「はっきり言います、初日のこともあり、ここの使用人は私にとっては信用できません」

「あ……」

「それでも、というなら。いずれ私が推薦する誰かを使用人にさせてください。探します。ただお時間は頂きます。今はツテが何もありませんので」


「……わかりました。それにしても、数日でこれ、1人で塗ったんですか?」


 旦那様が屋敷をながめる。

 細かいとこに気がつくんじゃない!!


「は、はい。1人でやりました!!」

「……すごいですね。しかし、レディが屋根に登って作業するなど危険きまわりない。今後はそういう危ない事はやめてくださいね」


「……はい」


「もう危険な場所に塗る作業はありませんか?」

「あ、はい。危険な場所はもう塗り終えましたので」

「……わかりました。では私達はこれで失礼します。セバス、帰るぞ」

「……はい」


 セバスはショックがまだ続いているようで、目が泳いでいる。

 すまん、セバス。

 年寄り執事ってのは、きっと長年勤めてきてるから、この別棟も愛着あったのかもしれない。



 ***



 彼らが帰った後、ぬいるぐみたちが戻ってきた。


「びっくりしたね~」


 サメっちがヒレをフリフリしながら言った。


「少々、きもが冷えたな」

 ニャン教授には肝はないが、まあ、わかる。


「まあ、別にあなた達のことバレても構わないといえば構わないのだけど……王宮にいる頃も隠してたしね」


「そうだな、手の内として我々のことは隠しておくべきだ」


「それにしてもメルヘン城が公式になったね! 領主が認めたわよ!」

「認めさせたの間違いではないか? まあそれでも認めたのは間違いないな」

「わーい。公式公式!」

「今夜はお祝いしよう!」


 ぬいぐるみ達がわーっと沸いた。

 その夜、私達は用意できる限りの食事と飲み物を準備して、豪遊した。


 そして、メルヘン城は、その一ヶ月以内には塗装を終えて――私はまた暇になった。




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