第13話 「デー」から始まるアレ
「もっはろー! 久しぶり、長太……狭間くん!」
スポーツテストから三日後。
六花が久しぶりに登校してきた。
……そう、三日ぶりである。
驚異的な能力を発揮した後の数日の欠席。
……そういえば、学力テストの時もそうだったな。
「体は大丈夫か?」
「うん、しばらくぐっすり寝て、起きたらもう全快だよ。筋肉痛ももう一切感じないや」
「寝て起きたらって……、あれだけの騒ぎになって、結局一晩で治ったのか?」
なら、その後の二日間はサボりだろうか?
「ううん、そうじゃなくて、ボクが起きたのは今朝」
「今朝……? ひょっとしてスポーツテストの日の夜から、ずっと眠りっぱなしだったのか……?」
「うん。もうあの日はさすがにクタクタでさ、起きたら今日の六時ごろだったよ」
「寝すぎどころの話じゃねえぞ……」
約八十時間睡眠……一体全体、どんな体質だ。
逆に言えば、それだけの負担と疲労が六花の体にはかかっていたということなのだろう。
「でも学力テストの後に熱が出て休んだときも、同じような感じだったよ?」
「……もしかすると、六花は全力を出さない方がいいかもな」
中島の言う、火事場の馬鹿力が出やすい体質とはまた少し違うのだろうが、今の六花は、明らかに本人のスペックに身体が付いていっていない。そんな状態に思える。
「おはー、りっちゃん久しぶりー、元気なったー?」
そんな最中、俺と六花の机の間に割って入るように、やってくる女子がいた。さなみーこと遊佐である。
「うん、もうすっかり」
「じゃあ……ちょっと聞きたいことあんだけど……」
遊佐は、なぜか声を潜めて言った。
「ぶっちゃけ二人って付き合ってるの……?」
「「はあ?(ええ⁉︎)」」
「だって、二人ってクラスだと名前呼びなのに、りっちゃんが倒れた時は下の名前で呼び合ってたじゃん? 普段は隠してるけど、あの時は咄嗟に呼んじゃった――的な?」
……しまった。思い返すと、確かに六花が倒れた時、必死になるあまり「六花」と名前で呼んだ覚えがある。
「ふふ、付き合ってるように、見える?」
六花がくすりと笑う。
おい、なぜそこで遊佐の好奇心を煽った。
「え⁉︎ じゃあ二人ってやっぱ……!」
「……なわけあるか」
変な噂を広められては困るので、きっぱりと否定しておく。
「あ、だよねー、狭間だし」
少しはごねられるかと思ったのだが、遊佐は驚くほどあっさりと納得した。
「おい、そりゃどう言う意味だ」
「まあまあ狭間、高望みはしすぎるもんじゃないって」
ははーん、なるほど、俺じゃあ六花とは釣り合わないと、そう言いたいわけだ。
……まあ、実際のところそうなのだが。
「ありゃ? だとしたら狭間がりっちゃんのことのこと名前で呼んでたのってなんで?」
俺は面倒になったので、嘘をでっちあげることにした。
「実は演劇部は部活内じゃ、部員同士、下の名前で呼び合うことになってるんだ。ほら、芝居だと、先輩だとしても役の名前で呼び捨てにすることもあるだろう? そういうのに日頃から慣れておくための練習だ」
我ながら、即興にしてはなかなか出来のいい理由を挙げられたのではないだろうか。
その効果は
「こうやって勘違いされると面倒だから、外じゃ使わないんだけどな……気は済んだか?」
「済んだ済んだ。りっちゃんもごめんねー、はやとちりしちゃって」
「ううん、別に気にしてないよ」
……なるほど、どうやら彼女の噂通は、このどこにでも首を突っ込みたがる野次馬根性が言動力らしい。
「あ、でもだとしたらなんでみーちゃんのことは“鈴木”呼びなの?」
こいつ、意外と痛いところを的確につきやがる……。
「あー……ほら、鈴木は裏方だからな。そういうのあんまり関係ないんだよ」
「ふーん……そういうもんなんだー?」
流石に今の言い分は苦しかったかと思ったが、一応納得してくれたらしく、自分の席へと帰っていった。
遊佐の奴、朝から疲れる話を持ってきやがって……。
ところで、俺は一つどうしても気になることがあった。
「なあ六花、さっきなんであんな思わせぶりな言い方したんだ?」
「……長太郎くんは乙女心のお勉強が必要みたいだね」
そして六花は例の如く、小悪魔のように魅力的な笑みを浮かべて言った。
「嘘でも否定したくない時が、女の子にはあるんだよ?」
◇
六花が筋肉痛から復帰し、数日が経った日曜日の早朝。
普段であればテレビの前でスーパーニチアサタイムを満喫している時間帯なのだが。
俺はどういうわけか、ろくに服の詰まっていない自室のクローゼットの前に立ち尽くし、ぽりぽりと頭を掻いていた。
「デートって……マジで何着てきゃいいんだ……?」
どういうわけか俺は、六花とデートすることになっていた。
――事の発端は、金曜にまで遡る。
◇
「――参った」
六月の演劇交流会に向けて、台本を描き始め早数日。
台本の内容は一向に進まず、部活前の部室にて、俺はどっかりと席に座り悩み果てていた。
「どうかしたの? 長太郎くん」
「ああ、台本の内容がなかなか内容が決まらなくてな」
演劇交流会は近隣の高校の演劇部が集まり、各校が公演を行う行事だ。
上演時間は一時間。この間の新入生歓迎公演の上演時間が三十分だったので、文字数も必然的に倍近くなる。
そんな事情もあり、台本を書くならより早いうちから内容を固めておく必要があるのだが――。
現状で決まっていることといえば、『六花がヒロインとして最高に輝く台本を書くこと』くらいなものだった。
……これだけは、体験入部で初めて六花の演技を見た時から決めていたことだ。
「新歓の台本で痛い目見たからな……。今度こそ御伽噺の路線に戻そうとは一応思ってる。……具体的に、何の話から着想を得るか、って部分は一向に決まってないけどな」
白髪碧眼。これほど御伽話に向いたルックスもそうないだろう。寧ろ、ファンタジーでもなければ持て余してしまうくらいだ。
……さて、どうしたものか。
六花の圧倒的な存在感を活かすことを考えると、気をてらってマイナーな話を持ってくるよりも、有名な御伽話で正々堂々いくべきだろう。
例えば、赤ずきん、美女と野獣、人魚姫、白雪姫、眠り姫――。
三日間眠り続けていた、なんてエピソードを聞いたばかりな事もあり、白雪姫や眠り姫なんかは魅力的に思えるが、六花が眠っているシーンばかりになるのは考えものだ。
それからも、何だかんだと、候補を挙げては却下する自問自答を繰り返し続けていた。
だが、どれも六花が演じる事を想像してみると、どうにもしっくりこない。
王道中の王道すぎて、今まであえて避けてきた、シンデレラをついに題材にするときが来たか――そう思ったものの、それもすぐに却下した。
『シンデレラストーリー』なんて言葉があるように、シンデレラの一番の魅力は、不幸の最中にいたシンデレラが、最終的には王子様と結婚して報われ、成りあがって幸せになると言う部分にある。
その点で言えば六花は、はじめから完成されすぎていて、シンデレラが適役かと言われれば首を傾げざるを得ない。
策も尽きかけた俺は、何か気づきはないかと、張本人たる六花をじっと、観察してみることにした。
「……そういや六花、そのポーズよくしてるよな」
「ん? 何が?」
首を傾げた六花は、手を後ろで組み、少し前のめりの姿勢になっていた。
「それそれ。その手を後ろで組んだ姿勢」
思い返せば、記憶の中の六花はこの姿勢でいるところが多い。
「言われてみればそうかも。案外、自分じゃ気づかないんだね」
「だな。……俺にも何か、癖とかあんのかな」
「長太郎くんは……そうだなぁ、アニメの話をしてると、早口になる、とか」
「それ以外で頼む」
それはあれだ、もう癖とかじゃなくて生態の域だ。
……こんなやりとりをしてる場合ではない。台本に集中しなければ。
俺はしばらく考えた末、現時点での結論を出した。
「――うむ、思い付かんな」
「あらら……。そういうときはどうするの……? ひょっとして、逆立ちしたら閃くとか?」
「そんな特殊能力は俺にはねーよ。こういう時は大抵閉じこもってても何も浮かばないから、いっそ街に出る事が多いな。いろいろ眺めながら歩いたり、映画を見てみたり、だな」
俺はスマホで映画館の上映スケジュールを調べると、動画配信サービスでいつか見ようと思いながらも、その機会を逃し続けていた、大作SF映画がリバイバル上映されるとの情報を得た。
「よし、決めた」
顔をあげると、そこにはキラキラと目を輝かせた六花の姿があった。
「ねえ、ボクも一緒に観に行っていいかな?」
断る理由は……特に無いな。
「じゃ、行くか」
「うん! ……やった」
かくして、俺たちは映画を観に行く事になったのだが……。
土曜の夜、六花から問題となるメッセージが届いた。
『明日のデート、楽しみだね!』
……なるほど、確かに男女二人がプライベートで出かけるのであれば、そういう捉え方もできるだろう。
白髪碧眼美少女とデートか……。中学の時の俺が知ったらさぞ驚くだろうな。
……ん?
……デート…………?
◇
そんなやりとりがあって、今に至る。
一人での外出であれば、上下ジャージ上等なのだが、美少女と……それもデートというのならば、話は別だ。
そんなわけで俺は現在、少しでもマシな服装選びをするべく、今一度クローゼットの中を見渡しているのだが……。
目に入るのは、積み上がったラノベや漫画にフィギュアやプラモの箱ばかりで、肝心の服といえば、隅のほうに申し訳程度に置かれた、引き出し式の衣装ケースが何段か積み上がっているだけだ。
当然、衣替えなんて概念は存在せず、春夏秋冬をこの中の服だけで駆け巡っている。
そして引き出しを開ければ見渡す限りのジーンズと無地のTシャツ。
この惨状から察せられる通り、ファッションに対する興味なんてものは微塵もない。
諭吉が吹き飛んでいくような金額の服や靴を買う人間なんてのは、俺にとって、もはやちょっとした異星人のようなものだ。
強いて言えば、封印でもするかのように奥に押し込められたダンボールの中には、用途不明のチェーンがいたるところについた黒いコートや、なぜか指を覆う部分が切り飛ばされた革手袋。木材から自分で切り出したオリジナルの妖刀『ムラマサ・戯』等々のアイテムがつまっているが、これらは間違ってもファッションではない。
「無理だな。諦めよう」
そもそもの話、お相手は通りすがれば誰もが振り向くハイスペック美少女、風賀美六花だ。俺のような凡人がいくら着飾ったところでどうこうなるものでもない。
俺はいつも通りグレーのロングTシャツにジーンズを装備すると、自転車に乗って家を出るのだった。
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