第5話(終) 穏やかな朝
翌朝。
貴志は朝食を取りにダイニングへと行くと、そこには影を纏った母親と姉の姿があった。
眠れなかったのか目の下には隈が出来ている。
二人の悲壮感が漂っており、貴志は気になって声を掛ける。
その表情には影が落ちていた。
「ど、どうしたの二人共……」
貴志は二人に声を掛けた。二人共、目の下に隈を作っているし顔色も良くないので体調が良くないのかもしれない。
母親と姉は息子に声を掛けられるとゆっくりと顔を上げて視線を向ける。その様子に貴志は恐怖を感じた。
(え? なに!?)
すると、柚葉が口を開いた。
「……貴志。どうして、昨日ゴミ箱にあったストッキングを持っていかなかったの?」
その意外な質問に貴志は驚く。
「そうよ。柚葉から聞いたわ。二日前、ゴミ箱に捨てたストッキングがなくなってたって。貴志、ストッキングが欲しかったのでしょう?」
明子も柚葉の言葉に同調する。
二人の質問に、貴志は気づく。
「あ、あれね」
すると貴志はスマホを取り出し、サイトを開く。
そこには、ストッキングを使った再利用方法が紹介されていた。
「実は、筆記用具を入れている引き出しに鉛筆の削りカスを落としちゃったんだ。鉛筆や消しゴム、替芯なんかをゴチャゴチャ入れていて一つ一つ取り出すのが難しくて。何か良い掃除方法はないかと探すと、掃除機の先にストッキングを被せると小さな物を吸い込まずに掃除できるって紹介されていたんだ」
貴志はスマホに表示されていたライフハックを見せ、慌てた様子もなく説明する。
それを知って、柚葉と明子は一気に脱力感に包まれた。
昨日、二人がゴミ箱で見たもの。
それは、ストッキングの上に重ねるように貴志の部屋のゴミが捨てられていた。何の興味も持たれずに、正しくゴミとして廃棄されたストッキングの哀れな姿であった。
あれだけアピールしたにも関わらず、結果は空振りに終わり、二人は自身に女としての魅力がないのかと一晩中悶々として過ごす羽目になったのだ。
「ごめん。あれ、お姉ちゃんのだったの。ゴミ箱に入っていたから、いらないものだしって思って……。断りもなく使っちゃって、ごめんなさい」
貴志は、柚葉に申し訳なさそうに謝る。
「……あ、うん。そうだったんだ、私はてっきり、あれでハアハアして……」
柚葉の言葉に、貴志は首を傾げていると、彼女は誤魔化すように両手をブンブンと振った。
明子も昨日の状況を思い出し、恥ずかしさが込み上げてきたようで俯いた。
そんな母と姉の様子を見て貴志は首を傾げる。
(僕、何か変なこと言ったかな?)
貴志の表情に陰りはなかった。
どうやら、彼は女性の母性本能を刺激することに気づいていないようだ。彼のことを詳しく知る者ならば、いつもの鈍感っぷりに苦笑いするところだ。
柚葉と明子は、顔を見合わせると苦笑いを浮かべた。
「さあ。食べて今日も、がんばりましょ」
明子の言葉に、貴志と柚葉は元気よく返事すると家族揃って朝食を取った。
今日は昨日とは違い、穏やかな朝だった。
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