ストッキング・サプライズ

kou

第1話 消えたストッキング

 暖色の間接照明が柔らかな光を部屋に灯していた。

 窓の外では遠くの街灯の光が星空を照らし、夜風が穏やかに木立の葉をゆらしている。

 一戸建ての二階にある一室で、女性が片付けをしていた。

 肩甲骨あたりまである栗色の髪をハーフアップにして束ねており、毛先がふわふわと揺れている。

 大きな瞳は、ぱっちりとしていて二重瞼、睫毛も長く、肌の色は健康的な小麦色で、唇はぷっくりとして艶やかだ。

 そんな、とても愛らしい容姿をした女性なのだが、言動はやや子供っぽいところがある。

 彼女の名前は、遠藤柚葉ゆずはといい、大学1年生だ。

 柚葉は財布の中に溜まっていたレシートを、ゴミ箱に捨てていた。財布の中にはレシートがたくさん入っており、別の意味で財布が膨れてしまっている。

 ほぼ毎日、大学の友人や先輩と、食事やショッピングに出かけており、お財布の中が別の意味で潤ってしまっていた。

 ゴミ箱にレシートを捨て終わり、柚葉はゴミ箱に手に階段を降りる。

「リサイクルプラと燃えるゴミだから、分けて捨てないとダメなのよね」

 少し不満そうにゴミを分別して捨て終わると、柚葉は階段を登って自室へと入る。

 柚葉がベッドに寝転がりながらスマホを弄っていると、ネット広告でクーポン配布中とあった。

 そこで柚葉は、ふと思い出した。

 友人と行ったファミレスで、ドリンクバー無料のクーポンを貰っていたことに。

「もしかして、さっき捨てたゴミの中にクーポンが混じっていたんじゃ……」

 柚葉は急いで財布を確認した。

 しかし、クーポン券らしきものは見当たらない。

「さっき捨てたゴミの中に混じってたんだ」

 柚葉は確信すると、一階へと降りて台所のゴミ箱を探る。すると、あっさりとクーポン券をみつけた。

 柚葉はホッと胸をなで下ろす。

「やばいやばい。もうちょっとで無駄遣いするところだったわ」

 柚葉は財布にクーポン券を入れて、その場を去ろうとして、気づいた。今、探ったゴミ箱の中に一緒に捨てたハズのストッキングを見なかったことに。

 不思議に思い、もう一度ゴミ箱を探るが、ストッキングは見当たらない。

「え? どうして?」

 柚葉は呆然としてその場で立ち尽くす。

 そんな状況の中、母親が台所に姿を見せる。

 腰まで伸びたストレートの髪を緩く一つにまとめている。

 瞳の色は茶色に近い黒。少し垂れ目気味だが、穏やかな眼差しをしていて、口元はいつも優しく微笑んでいるように見える。

 シックなカラーのワンピースを着ている。彼女は全体的に明るく若見えで年齢は30歳前くらいに見えるが、実際は40歳に近い。

 名前を遠藤明子あきこという。

「お母さん。私、さっきここにゴミを捨てたんだけど、何かした?」

 柚葉は明子に訊いた。

「ゴミ? 私は何もしてないわよ」

 明子は不思議そうに首を傾げ、コーヒーを淹れる準備を始めていた。

 柚葉は母親の反応から、知らないことは確実だと思った。

「おかしいわね。確かに捨てたハズなんだけど……」

 自分の思い違いかと考えながら、柚葉は自分の表情が崩れていくのを感じた。

 この家には、母親の明子、姉の柚葉、弟の貴志の3人暮らしだ。母親と自分が知らないということは、消去法から言って、残りは一人しか居ない。

(貴志だ)

 柚葉は貴志が犯人だと理解する。

(貴志は中学生よ。健全な男子が、ストッキングを使ってすることと言えば……)

 柚葉は先ほどの捨てたストッキングを頭に浮かべる。

 そして、彼女は頬を朱に染めながら、アイスが溶けかかったように顔の輪郭を溶かした。

 柚葉は弟の貴志を溺愛していた。

 その愛は、姉弟の関係を逸脱しているほどの勢いがあった。

 柚葉は弟と仲よくなりたいと思っていたのだが、彼女なりの努力は水泡に帰した。何故ならば、貴志が彼女を警戒して拒絶しているからだ。

 だがしかし、諦める気はまったくなく、どうしても仲良くなりたかったので、彼女なりに考えていたのだが、貴志の方から一線を越えて来たのだ。

(思わぬ所で、こんな結果になるなんて思わなかったわ。こういうのを予定調和とでも言うのかしら?)

 柚葉は、ほくそ笑んでいた。

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