私ホントに悪役令嬢?

N通-

第1話 私マジ可愛くない!?

 その日私は全てを思い出した。

 唐突に、頭の中に情報の奔流が溢れてきたのだ。

 

「私の名前は……戸形 めぐみ」


 口に出してハッキリと自覚する。それは私の前世の記憶。この世界、エルドラードは私が前世の地球でやっていた乙女ゲームの世界だ。

 

「今の私は、ルルフ・ワイスト。ワイスト公爵家の令嬢……」


 そう6歳の誕生日の朝、ベッドで目が覚めた私はその事実を思い出したのだ。

 この世界がゲームの世界と全く同じであり、私は主人公をイジメ倒す悪役令嬢役だということを。

 

「純真無垢で完全無欠なレディーのこの私があんなことするわけないわよね!」


 そう、前世ではしがない会社員だった私も今や超美貌を持つ公爵令嬢なのだ。


「でも、どうして私死んだのかしら?」


 何故かよく思い出せない。最後の記憶はいつも通り23時に帰宅するというブラックな生活を送っていた辺りなのだが……。

 

「ま、前世よりも今生の方がいいわよね! 何しろ美人だし! 見て!」


 私は鏡の前に立って楚々としたポーズを決める。

 

「ああ、私ってば幼女なのに何て美しいのかしら。これはもうアレね、勝ち組よね。勝ち組の私がなんでヒロインみたいな健気な子をイジメなくてはならないのかしら?」


 そう言えば、ゲームではヒロインに婚約者を奪われた腹いせにイジメていたような気がする。

 

「っていうか、簡単に乗り換える男とかいらなくない?」


 私は真理にたどり着いた。

 

 

「……などと思っていた時期が私にもありました」


 あれからお父様とお母様のところに突撃し、「あの男浮気症だからパス」って言ったらしこたま怒られた。なんで!? 私が悪いの? ……いや、私が悪いのだろうな。なんせ、お相手はこの国の第二王子なのだから。そして私はまだお会いしたことがない。顔合わせすらまだの婚約相手を浮気性呼ばわりは不味いだろ私。

 

「冷静に。冷静になろう」


 それともう一つ解ったことがあった。

 はい、私この世界では平均的な顔立ちでしたー。いやいやいや。この世界がおかしいんだって! なんでモブキャラ的な、ゲームでは名前すら“友人A”みたいな名前の子ですらめっちゃ可愛いの!? 普通ゲームのモブって目がないじゃない!

 ……いや、それだと流石に怖すぎるか。住民の大半が目がない世界……怖い。怖すぎる。というわけで私は美人(仮)ということにしておこう。うん、そうしよう。

 

 

「あー、折角の異世界転生で悠々自適ライフと思ってたけど、案外そうでもないのかも……」


 “第二王子殿下に相応しく、大物貴族らしく”あるためのレッスン、レッスン、お勉強……。

 

 一週間も経つ頃には、私の心はもうへし折れる寸前だった。前世で残業してた頃と変わらない気がする……いや、永遠に対人スキルを磨かされている身としては前世の書類仕事と格闘していた方がまだマシかもしれない。

 

 私がわずかな自由時間に私室として与えられている部屋のベッドにボスンと飛び込むと、それを見咎めて私付きのメイド、ラナが苦言を呈してきた。

 

「お嬢様、はしたないですよ」


「いいじゃない、誰も見てないんだし……」


「私が見ております」


「私、ラナはこんなつまらないことを一々お父様たちに報告しないって信じてるの」


 私の減らず口にラナは端正な顔を歪めてごく小さくため息をついた。

 

「全く、ここ最近のお嬢様は急にお口が達者になられて……一体誰の影響なのでしょうか」


「トップシークレットです」


「きっとメイドのニールね。全くあの子は、お嬢様に悪影響ばかりなんですから……」


 ラナが口に出したのは、屋敷の女性達のために雑事全般をこなすメイドの中でも比較的下級のメイドだった。私が余りのストレスに心折れてダンゴムシを庭園で探し回っていた時に一緒に探してくれた心優しいドジっ娘メイドでもある。

 この間もお母様お気に入りのカップを割って死ぬ程真っ青になっていたので、あまりに悲壮で見ていられず思わず庇ってから妙に懐かれた? っぽい。


「まってまって、ニールは何も悪くないわよ。私の唯一の癒やしなんだから」


「いいですかお嬢様。ニールは決して根は悪い娘ではありませんが、お嬢様は構いすぎです。それでは人を使う立場の者として……」


「あーあーあー! きーこーえーなーいー!」


 私が大声を上げて両耳を塞ぎイヤイヤするとラナもそれ以上のお小言は無駄だと感じたのか、口を閉ざした。何とかなった。これぞ必殺幼女バリアー! 尚、年齢を重ねると共に使えなくなっていく。悲しい。

 

「それにしても第二王子殿下にはいつ会えるのかしら」


 ゲームでは、主人公の女の子が貴族学院に通うところからスタートだったので、ライバルキャラの幼少期の設定など一切なかった。わがまま放題に甘やかされて育ったと一文が添えられている程度だったはず。

 

「来月には顔合わせが予定されてございますよね? お嬢様、奥様が仰っていたではありませんか」


「え?」


「……聞いてなかったんですね」


「うん」


「素直に頷けばいいというものではございません! いいですか、お嬢様」


「あ、それより予定教えて?」


「……解りました」


 苦悩をありありと眉間に表現しつつ、ラナは仕える主人の求める情報を提供する。


「来月の半ばに、両家の都合が付きそうですのでその際にお茶会を、と奥様が仰っていましたでしょう?」


「そっかあ、来月か……」


 この国、フラウトルン王国の第二王子殿下、エルデ・フラウトルン。ゲームでは脇役で出番もあまりない第一王子殿下と違って、事あるごとに主人公とイベントを起こしてしまうラッキーボーイ? である。

 私と同い年のはずで、兄の第一王子殿下とは親子ほども年が離れていた。ゲームではちょっと茶目っけのあるイタズラ好きで、ゲームの主人公ともそのイタズラがきっかけで知り合う事になるんだっけか。

 

「さ、お嬢様。休憩時間はおしまいです。殿下の前で恥をかかないようにレッスンですよ」


「ええ……」


「そんなこの世の終わりのような顔をしてもダメです。ちょっと前はもうちょっと素直でしたのに……どうしてこうなってしまったのでしょう」


 頭痛をこらえるようなラナに、私の中の戸形 めぐみがごめんなさいしている。グッバイ、この頃はまだいい子ちゃんであったらしい私。

 

「でも、正直楽しみではあるのよね」


 何しろ本物の王子様である。文字通り物語の世界に飛び込んだ身としては、ぜひとも拝んでおきたい。最後まで抵抗を続け、ラナに半ば引っ張られながらレッスンへ連れて行かれる私はそんな期待を抱いていたのだった。

 

 

 そしてお待ちかねのお茶会当日。庭園のあずまやで私とテーブルを挟んで座っている白銀のサラサラな髪をわずかに揺らして語りかけてくる、絶世の美少年はガチガチに緊張している私に爆弾をぶっ込んできた。

 

「君が僕を浮気性呼ばわりしてくれたルルフ・ワイストさんですね」


 ――――何故バレたし。

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