植物園のお茶会

「あれが『スターフリート』の主演男優なんだ……」


 挨拶攻めにあってるイケメンを遠目に、ふむふむと相槌を打つ。

 見ることの出来ない映画なのに、主演俳優には逢えるという理不尽さは笑うしか無い。同行しているしーちゃんは好みでないのか、咲き乱れる色取り取りの花の方に夢中だ。

 それにしても、やっぱり温室の中は暑いね。

 じっとりと汗ばむから、冷たいロングカクテルが美味しい。


 ただ今、【美食倶楽部】B班はグローバル企業『レギオン』グループの会長であるスミス・クレイトン氏のお誘いを受けて、氏の趣味である私有植物園に来ております。

 夕べのパーティーで顔を繋ぎ、翌日午後は分散して情報収集をしようという算段になるほど、状況が見えて来ない。

 あの綺麗なお姉さんの言っていた、『カルディア男爵領の問題』が何なのかすら解らないのは辛い。男爵ファミリーには問題が無さそうだし、政治的にも安定してそうなんだよね。

 なので、今日の午後は競馬観戦の貴族たちのパーティー組と、こちらビジネスパーソン中心の植物園見学組に分かれてみた。

 こっちには私としーちゃんに、エスコート役としてD51さんとエグザムさんというメンバーです。

 しーちゃんとエグザムさんの呑兵衛コンビを揃えるのは不安なんだけど、銀薔薇の件もあって、主に誘いを受けていたのはしーちゃん。策士二人は別行動が良いと思うし、マサくんとカヌレちゃんは一緒に置いておこうという暗黙の了解もあって、こうなった。


「植物鑑賞なら、主演男優より、主演女優を呼んだ方が良くねえか?」

「花と花で競い合っちゃ、ダメだと思いますよ」


 当然のごとく、花々に興味の薄い男性陣は退屈そうだ。でも、情報収集がメインだからね? そっちは注力して欲しいぞ。


「でも、凄いですね……名だたるグローバル企業のトップが勢揃いしています。集まってる貴族も、僕らを除けば商売熱心な方々ばかりで」


 普段の経営は現代表に任せていても、大まかな方針という手綱はしっかりと握ってる方々なのだそうな。

 癖のある髪を丁寧に撫でつけたクレイトン氏の熱心な植物解説に、あくびを噛み殺しているのは、しーちゃんを除く私たちくらいだ。もっとも、みんな植物に関心があるわけではなく、クレイトン氏との会話の話題づくりに耳を欹てている風情。

 この温室で、植物園巡りは終わるはず。

 その後の立食形式のティーパーティーこそ、メインな人が多いだろう。


「…………」


 その紅茶で微妙な顔になってしまうのは、私たちだ。

 紅茶に関しては、皇帝レベルのを飲み慣れちゃってるからなぁ……。

 皮肉にも、お酒好きなエグザムさんの所の特産品が『アルザリン茶』という茶葉。(そこはワインだろう? と、がっかりしていた)それをカヌレちゃんの所のお水で煎れる、特産品&特産品を飲み慣れてるとね……。

 さすがのクレイトン氏でも、そこまでは準備できないみたい。

 私たちが、贅沢し過ぎてるんだけど。


 バラバラに散って、話に聞き耳を立ててるだけでも面白い。

 ゴルフなど趣味の話に講じている人もあれば、穀物相場の話をしている人もいる。例のイケメン男優さんは、ご婦人方に囲まれて相手役の女優さんとの仲を勘ぐられてる。

 まあ、この辺の話はどうでもいいか……。

 男性陣は……エグザムさんが若手ビジネスマンのグループに混じって、バックギャモンを始めたね。D51さんは、どこかのお偉いさん風な人の話を聞いている。ちょっと取材っぽいけど、彼風だ。

 私は小エビの乗ったカナッペなんぞがあるから、摘みまくる。甲殻類、好き。


「ミナさん、エビに夢中になってないで下さい。ちょっとピンチ」


 しーちゃんからの倶楽部チャットに、我に返って周囲を見る。

 あらら、薔薇園の所で、クレイトン氏たち数人のオジサマ方に囲まれてるよ。どうしたの?

 さり気なく近づいて、耳を欹ててみた。


「ランドルフ女伯爵様に贈られたように、プランターに植え、『虹のしずく』を与えた場合の『銀の薔薇』は、どれくらい保つのでしょう?」

「に、二週間で枯れます。蕾のものは、開くことはありません」

「それでも二週間保つのですか、あの花が……」

「プランターでの移動はできても、別の所の特産品を与えるというのは考えつきませんでしたな……。倶楽部で交流があるが故の発想ですか」


 あぁ、薔薇好きのオジサマ方に捕まっているのか。

 あの花、普通のお水だと一週間保たないから、大変なんだよね。それでも神秘的な美しさで、ここぞという時の小道具として人気になってる。


「この薔薇園に唯一欠けている花として、熱意をお持ちのは解りますがミスター・クレイトン。薔薇に水……どちらも貴族様の領地の特産品。どちらも常備するのは難しいのではありませんか?」

「いや、金で済むなら糸目はつけんぞ。その為に、このカルディア男爵領に居を置いているのだからな」


 おや? どういう意味だろう?

 ちょっと、引っかかる。口を挟んでみようか。


「……失礼。ミスター・クレイトン、ここに居を置いていると、儲け話が転がり込むのですか?」


 しーちゃんに詰め寄らんとするクレイトン氏との間に、身体を割り込ませて訊いてみる。

 オジサマ方が気不味そうに顔を見合わせるが、熱くなってるクレイトン氏は、ついうっかりと口を滑らせてくれた。


「儲け話が転がり込むでのはない。……富を生み出すのだよ。銀河最大級のコルデナイト鉱の産出地だが、それはこの地の特産品では無いからの。我々が……」


 隣の紳士に肘で小突かれ、慌ててクレイトン氏が口を噤む。

 わざとらしく咳払いをして、言葉を繕った。


「……我々が居を置くほど、この地は儲け話に満ちているということだよ」

「私もあやかりたいものですわ」

「常に、最新の情報に耳を澄ますことですよ。ビジネスは生き物ですからな。……その為にも、この地は居心地が良い」


 乾いた作り笑いを浮かべて、オジサマたちが散っていく。

 何だか私が会話をぶち壊したみたいになってしまって、ちょっと不満。

 でも……しーちゃん、聞いた?


「我々が……コルデナイト鉱を、どうしているのでしょうか?」


 チャットの内緒話をして、しーちゃんがニッコリと微笑む。

 やっと、尻尾を捕まえたかなぁと、笑みを返しましょう。


「特産品と、そうでないものの違いってなんだろう?」

「特産品の取り扱いは、皆さんご存知の通りに領主である貴族に一任されます。流通量や、場合によっては価格までもそうです。でも、それ以外の物は、領主たる貴族による扱いではなく、民間の企業が流通させていることでしょう」


 倶楽部チャットで、D51さんが教えてくれる。

 なるほど……コルデナイト鉱は民間扱いなんだ。それは儲かりそうな、お話ですこと。


「流通はともかく、採掘に領主様は絡んでないの?」

「絡んでるぞ? そっちはずいぶんと楽しい話になってるじゃないか?」


 倶楽部チャットの良い所で、別行動で競馬場にいるエトピリカさんが、話に混ざる。

 あっちはどうなっているんだろう?


「こっちはハズレっぽい。のんびり競馬を楽しんでるよ。カヌのビギナーズラックが凄いことになってる」

「こらこら、未成年でしょ」

「この世界では、貴族は例外なんだと。……カヌが単勝馬券を買うと勝つものだから、貴族のオジサマ方に大人気だよ。子供の運動会気分で来ているみたいだけど、やっぱ勝つと嬉しいから」


 みんな馬主さんだから、日本の競馬ファンのように馬券に目を血走らせたりはしないか。

 それはとても楽しそう。

 でも、訊きたいのは、そっちと違う。


「こっちに来ている子爵様に、そっちの話を聞いて確認してみたんだ。この星の開発初期にコルデナイト鉱山を見つけたのは、当然領主様。鉱脈の大きさから、男爵の資産では対応しきれずに、かなり初期から民間が食い込んでいるらしいぞ」

「……つまりは、クレイトン氏みたいな人たちが抑えちゃってる?」

「まあ、税金は払ってるんだろうけどな」


 つまりは、税収だけでこの繁栄?

 どれだけ儲けているのだろうね……。

 そこで、しーちゃんが首を傾げる。


「でも、それって……犯罪や、悪いことをしているわけじゃないわよね?」

「もちろん。……でも、地元企業や、領主様を蚊帳の外にして、グローバル企業が牛耳っているのは、どうなんだろう?」

「問題という意味では、問題だけど……」


 それで上手くいってるなら、良いじゃん……って感じでもある。

 とりあえずは、この線に絞って、誰にとって問題なのかを調べてみようか?

 何となく、この線が当たりっぽいから。

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