情報収集しましょ
『リラサガ・ヘッドライン』のアクセス数は、記録を大幅に更新しているらしい。
ストーリーイベントであろう私たちの『修学旅行』を、倶楽部内にいるD51さんがライブレポートをしているのが、その理由だ。
彗星宙域での戦闘は、その舞台の派手さで多くのプレイヤーを羨ましがらせ、攻略トップを目指していた大手倶楽部は、すっかり出し抜かれて悔しがっているそうな。
それ以上に、女子プレイヤー四名独占を羨む声が多いらしいけど、聞かずに置こう……。
女子は群れる生き物だからね。
最初の立ち寄り拠点、ブロン子爵領で、輸送艦は更に荷物を積むらしい。
前回の戦闘で減った艦艇をついでに補い、補給をする時間も取れるだろうということ。
ありがたい。補給は必要。その分、お金は出ていくけどね……。
出費と収入のバランスが、ちょっと心配になってきた。江ノ電……遠くなっちゃう?
『撃破されたら、持ち金半減なんだぞ? 電車の心配してる場合か?』
「補給は惜しまないよ。……電車の完成は惜しむけど」
『何でそんなに拘るかなぁ? 鉄道マニアでもないのに』
「私は『電車で海に行く』マニアなの。小田急の江ノ島線もいいけど、やっぱ江ノ電だよ。車両に情緒があるし……」
ドライブ好きなショウには、きっと解らない。
ワクワクと窓の外を眺めながら、チラッと見える海にはしゃぐ楽しさ。それにいくらビールを飲んでも、電車なら酔っぱらい運転にならないんだよ? グーグー寝てしまえば良い。
夏の一日の終りに相応しくない? 夕日を受けて、居眠りしながらガタゴト……。
『勝手にトリップしてるなよ。そろそろブロン子爵領だ』
「りょーかい」
ブロン子爵領は重工業惑星みたい。ケホッケホッ……空気が悪いね。
出迎えは子爵様ではなくて、ブロン重工業の社長さん。この上まだ、タバコを吸いますか? 肺を悪くすると辛いんだぞ。
名刺交換を終えると、さっそく切り出してくる。
「こちらに辿り着くまでに、戦闘でもございましたかな? 艦艇数を減らしているご様子ですが、私共では、補給も承っておりますよ?」
あ、違う。出迎えじゃなくて、商機と見て商談に来た人だ。
艦も装備も帝国スタンダードなので、どこでも問題なく補充できる。強化武器と強化パーツの付いてる私の艦隊の補充は、普通よりお高い……。ぶぅ。
……待て? 艦の数はともかく、乗員はどうするんだろう? ふ、深く考えるのはやめよう。ゲームなんだし、きっと旗艦以外は無人艦なんだよ。そう決めた。
商談を終えると、そそくさと帰って行く。ビジネスライクなのね。
さて、これからどうしよう?
「とりあえずは、先にブロン子爵に御挨拶に伺いましょう」
常識人な、しーちゃんが言う。何だか声が籠もってると思ったら、口元にハンカチを当てて空気の悪さに耐えておられる。
……こういう所だよね!
圧倒的な女子力の差に、残りの女子三名は顔を見合わせた。
さっそく真似をしてみる。
そんな女性陣に呆れながら、エグザムさんが眉を顰めた。
「出迎えも寄越さない奴に、こっちから会いに行くのか?」
「格上の子爵様だし、お会いして情報収集をしたいのは私たちだもの」
子爵に反感の有りそうな言葉にも、しーちゃんは揺るがない。
お邪魔している立場としては、たとえ全員でなくとも、挨拶に伺わないのもどうなのだろう? 一応大人の端くれの私でも、そう思うものね。
渋々な方も含みつつ、全員で宇宙港を出ると、リムジンだけ準備されているという傲慢な態度にも、我慢、我慢だ。
「相手は子爵、俺たち男爵。相手は子爵、俺たち男爵……」
ブツブツと呪文のように念じながら、エトピリカさんも怒りを抑えてる。
カヌレちゃんの配ってくれたチョコレートの甘味が、見事な鎮静効果で私たちを癒やしてくれた。甘味は地球を救うよ、きっと。
無人運転のリムジンで連れて行かれた子爵邸は、もはや屋敷ではない。
一対のタワーを備えた、超高層ビルだ。
それも何となく、既視感のあるデザイン……。
「あぁ……何だか通勤みたいで、私も行きたくなくなってきた」
しーちゃん、まで滅気そうになってる! 負けないで、あなたが最後の砦なの!
某都庁と似たような印象の子爵邸。しかも子爵様の執務室は最上階にあるそうな。
「超高層の最上階から見下ろしたがる人って、ろくな人じゃないわよね……。そんな人たちが勝手に決めたことで、窓口でクレーム付けられて、怒鳴られたり、泣かれたり……」
「しーちゃん、落ち着いて~」
「め、目が据わってますぅ……。いつもの癒やしの微笑みがぁ……」
お願いだから、おっとりしっとりと毒吐かないで……。
しーちゃんが荒んでいくよ……。
あまりの異常事態に、周りの方が宥めに回ってる。
社会人ともなると、みんな色々溜め込んでるんだね……ブルブル……。
エレベーターが最上階直通で良かった。途中で停まったら、しーちゃんがそのまま降りちゃいそうな雰囲気だったもん。
エレベーターホールの正面、大きな扉の脇のカウンターに、秘書っぽい化粧過多、色気過多の女性が座っている。
リノリウムの床に、石膏ボード風の天井、オフホワイトのクロス壁紙。もちろん、観葉植物の大きな鉢もセットだ。
執務室とはいえ、私邸というより、どこかのオフィスに見える。
しーちゃんが動く気を無くしてるので、D51さんが気を回して名前と訪問目的を告げた。
愛人臭が濃く漂う秘書が内線で確認を取り、執務室への扉の施錠を解除。飛び込みのセールスマンか、晩秋の就活学生の気分でドアを潜る。
「あぁ……テレビで見た知事室みたい……しがない窓口嬢なんて、お呼びじゃないけど……」
しーちゃーん……。頼むから、正気に返って。目が死んでるよ……。
面倒くさそうに挨拶をする子爵様の印象は、某気象予報士兼タレントな方の亡きお父様。忙しなく私たちを見回しながら、尊大な態度で接して下さる。
「シャパラル男爵から聞いてはいる。ランドルフ伯爵領への輸送の補給に立ち寄ったのだろう? 商談も無いなら、挨拶など不要と判断したんだが?」
「いえ、私たちの補給まで手配していただいているのですから、お礼も兼ねたご挨拶をさせていただきたいと……」
「それはビジネスだろう。相応の支払いがあれば、核魚雷だって手配する」
今日は使い物にならなそうなしーちゃんに代わり、渉外担当になったD51さんの社交辞令を、けんもほろろに返してくれる。
でも、子爵様……核魚雷は帝国法違反の代物では?
取り付く島もない態度に、どうしようと顔を見合わせていると、すっとモモンガさんが言葉を挟んだ。
「それは、第二皇子派の方にでも~?」
「当たり前だ。派閥で客を制限してどうする? 同じ帝国貴族だろうに。工業規格さえ同じなら、諸国同盟でも顧客にしたいくらいだ」
つまらない事を訊くなとばかりに、口元を歪める。
中立派の、商魂逞しい子爵様ってことなのね。モモンガさん、ナイス!
眼鏡の奥の糸目が、更に煌めいた。
「シャパラル子爵様は、良いお客様なのでしょうか? 私たちも初見で~、信用していいのかどうか、不安なんです」
「フンッ……信用できるかどうかも解らんなら、何で仕事など受ける?」
「子爵様相手ですし~……。我々は全員新興の男爵家ですので、断りづらくて~……」
「まあ、そういう状況か……。だが、アレとは深く付き合わん方が良い」
「子爵様から見て、信用できませんか~?」
「信用というより、後ろ盾にならんぞ? 中小貴族にありがちな、典型的な日和見だ。今は騒動に付け込んで、ランドロフ伯爵に擦り寄ろうと必死になってるようだが……」
おや? 何だか風向きが違う?
派閥抗争に巻き込まれるかと思ったんだけど、もっと小粒な話?
中世貴族好きなモモンガさんが、更に食いついた。
「シャパラル子爵様が近づくということは、今は第一皇子派が優勢なのかしら~?」
「さあな……派閥なんぞに呑まれると、商売にならんよ」
「でも、ランドルフ伯爵様に擦り寄りたがってるみたいだし~」
「アレは、そちらに利が有るように思ってるんだろう。……興味もない」
「でも、何か騒動が起きてるって~……仰ってましたよね?」
「お得意様の内情は、それ以上は話せん。良く調べもせずに、嘴を突っ込まんようにな」
言うだけ言って、クルリと椅子を回して背を向けてしまう。
……面談終了。ってわけね。
追い出されるように子爵の私邸を出た。リムジンは……帰っちゃったみたい。
途方に暮れていると、しーちゃんが叫んだ。
「あー! 呑みに行きたい! 嫌なことばかり思い出しちゃった」
もはや全員、苦笑するしか無い。
モモンガさんが肩を竦めて、ため息を吐いた。
「平日夜の~、しーちゃんの酒量の多さの理由がわかったよ~」
「何言ってるの、モモちゃん。……まだ垣間見ただけよ?」
ハイライトの消えた瞳で浮かべる微笑みに、全員が震え上がったのは言うまでもない。
☆★☆
「まあ、依頼の背景の概略は見えてきたな」
宇宙港近くのパブでビールを飲みながら、エトピリカさんが頬を緩める。
英国式の立ち飲みパブは、妙に牡蠣が美味しい。未成年の二人は炭酸水。ようやく聖女の笑みを取り戻しかけてる、しーちゃんがジンをガブ呑みしている以外はビール。
ほとんど
おっぱいなの? おっぱいの大きさの差なの?
『素材の差……だろ?』
「それちょっと酷いよ、ショウ?」
『気にすんな、俺の好みはそっちじゃないから』
「……気にしないことにする」
まあ、ほとんどの男性は、しーちゃんを選ぶよね。でも、ショウ一人が私を選んでくれれば、それでいいや。
おおっと、真面目な話が始まってる。
「そうなると、運んでる荷物はランドルフ伯爵への貢物だろうな?」
「エトさ~ん、決めつけは禁物~。貴族の騒動って、大概は継承者争いだよ~」
「ああ……有り得るな。有力な方に擦り寄って、力になれれば、傘に入れて貰いやすい」
「シャパラルのおじさん、意外に小物ですっ」
「最初は大物ぶってたけど~。実は
小物だったの~」
緊張していた分、笑いも弾ける。
二大派閥の争いに巻き込まれるかと思ってたけど、どうやら伯爵止まりで済みそうだ。
その『騒動』とやらが、気になるけどね……。
補給中のブロン重工社長さんや、作業監督さんにも聞き込んでみたけど、伯爵家に関しては、口を噤んでしまって情報無し。
それはパブに来ても同じだから、よほど影響力があるのか、上得意なのか。
「早く出発したぁい! こんな所に、長く居たくなぁい!」
酔って拗ねるしーちゃんの姿は、男性陣には目の毒だ。
そこで身をクネクネするのはやめて……。胸の揺れが尋常じゃないから。
男子は見ちゃダメっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます