交易なんぞもやってみる

「私の周囲は過保護過ぎると思います」


 むんと胸を張った私の主張は、いつも鼻で笑い飛ばされる。


「そんな泣き腫らした目で、言われてもね……」


 ショウのマネージャーであり、今はブルースカイ社の専務として、私をサポートしてくれている朝吹麻莉亜あさぶき まりあさんは、軽快にアウディのハンドルを操りながら肩をすくめる。

 アラフィフとは思えないほどマニッシュなファッションの似合う彼女に、毎日送り迎えされてる私は、ちょっと情けないと感じてる。


「今の美菜ちゃんは、ちょんと突付いただけで、死んじゃいそうな感じがあるんだもの」

「……ちょっと酷い評価だと思う」

「ゲーム……やってみた?」

「うん……ショウがいた。でも、何で私に内緒にしてたの?」

「それもショウの指示。言われた通りに半年待って……サービス開始も伸びたのだけど、渡してみたものの、不安だったのよ? まだ早いんじゃないかって」

「これはCGだよ? って思えるくらいには、落ち着いているはず。しーじーでも、えーあいでも何でもいいから、ショウとお喋りできるだけで嬉しかった」

「それなら……良かったかな」


 案の定……オフィスに着くと、今まで差し止められていたゲーム関係の書類が、ドサドサと私の所に回ってくる。

 みんなして、よくも私に内緒で~! と怒りたい気もあるけど、どうせショウの指示だろうから、何にも言えない。

 そして、これが最後の新規契約書類なんだと思うと切なくなる。

 これでもう、本当にショウの新譜は無いんだ……。


 でも、とにかく一人の家に帰って、文鳥たちやニャンコと遊ぶくらいだった私に、新たなる趣味ができた。

 それから二週間。毎日、何するでもなくゲームの世界に入ってショウとお喋りしてる。

 惑星も何もほったらかしで、ただ喋ってるだけで楽しいもん。

 状況が変わったのは、二週間後だ。


『お~い、ミナ。さすがに自分の領地を放ったらかしにしたらダメだろう?』

「だって、ショウも何も言わなかったし?」

『急に発展はしないから、ある程度は放っておかないとな。でも、もうけっこう発展してるぞ?』

「どんな風に?」

『まあ、自分で見てみろよ』


 久々に惑星サーフサイドを見る。

 わぁ! 漁港が出来てる。その横はヨットハーバー? ビーチにはリゾートっぽいホテルなんかが並んで、ちょっといい感じだ。

 その向こうにあるのは……塩田?


『船造りを頑張ったから、漁船も良いのが出来てるし、ヨットも開発したぞ。塩田は充分過ぎて、交易を望む声が出てるとさ。あとは、海産物だな。サーフサイド貝や、サーフサイドロブスター、サーフサイドヒラメなんかの名産品が収穫されてるらしいぜ』

「ネーミングが安直過ぎ……」

『文句言うな。その方が解りやすいだろう?』

「そこは諦めるとして……交易ってどうするの?」

『お前の頭はピーちゃんレベルか? 最初に説明しただろう?』

「鳥頭でゴメンよ! どうせ文鳥並みの脳みそだもん。三歩歩くと忘れちゃうもん。もう一度説明プリーズ」

『ったく! 今度はちゃんと覚えろよ? 皇帝の城のメニューに【通商】ってのがあったろう? そこで、自分の領地の特産品を売りに出すんだ。種類を選べばライバル商品が出るから、食品なら味見をして、ライバル商品に対する価格を決める。勝てるならそれより高く、無理っぽければ安く。あとは駆け引きで決めるもよし。

 あとは、その特産品を買いたいという人からのメッセージを待って、定期納品する感じだな』

「フリマみたいな感じね? 面白そう!」

『じゃあ、早速行くか?』


 二週間ぶりに我が艦カサブランカ、帝国首都星に向けて発進だ!

 お城に着いたら、まず皇帝陛下にご挨拶。地味ながら、印象度は大切。いずれ退位させられそうだけど、それがいつになるかは解らないからね……。

 プルダウンメニューで【通商】を選ぶ。

 おおっ、クールなジャズっぽい曲だ。こういうの好き。


『サンクス! 『トレーディング・オペレーション』って、タイトルだ』

「ショウの歌は大好きだけど、インストだとバリエーションが豊かだよね」

『俺の声に合わなくても、問題ないからな』


 プルダウンメニューから【食料品】、【調味料】、【塩】と選んでみる。

 あれ? 意外に出品が少ないよ? 海から塩って発想に、なかなかならないのかな?

 岩塩が三種と、海塩が二種。サンプルをペロッと舐めてみる。

 さすがVRゲームだね、ちゃんと味覚もあるよ。贔屓目なしに見ても、ウチのお塩が海塩では一番だね。岩塩は、一つ抜群に美味しいのがある。それと競えるかな?


「サーフサイド塩の値段は、この岩塩と同じにしても大丈夫かな?」

『そこは、ミナ次第だな。あえて安くして買い手をつける手もあるし、高くしてブランドにする手もある』

「じゃあ、この岩塩と同じ値段にしよう。ここに金額入力?」


 同じようにして、貝やロブスター、ヒラメも値付けしていく。

 よし、終わった! でも、待てよ……。


「ねえ、私が逆に買う立場になっても良いんだよね?」

『もちろん。輸入したものは、ミナの領地に流通するぞ?』

「だよね……お酒欲しい! シャンパンとワインはマストでしょ!」

『シャンパンは無理だな』

「なんでよ! シャンパン美味しいよ。誰か作ってるよ、きっと」

『フランスのシャンパーニュ地方の産でない限り、シャンパンと呼べないからな。誰かの領地で造っても、それはスパークリングワインだ』

「そ、そんな正論はいいの! 一般名称で語りましょ?」


 探してみたら、出てくる数は塩の比じゃないね。

 お酒好きバンザイ!

 じっくりテイスティングして、私好みの赤と白、それからスパークリングワインを選んで買い付ける。

 試飲だけで、すっかり酔ってしまう。

 ゲームなので、どんなに呑んでもほろ酔い加減なのは良いね。

 酔った時の癖で、ショウの肩におデコを乗っけて酔い醒ます。

 ……久しぶりだよ、この感じ。


     ☆★☆


 ワインの効果は絶大で、翌日にログインするとリゾートホテルが成長していた。

 塩の購入希望も存外に多くて、私もニッコリだ。

 なぜか、観光収入も増えている。


『そりゃあ、今まで誰も知らない土地だったんだぜ? 塩の産地で名前が知れて、知名度が上がったんだろう』

「そっか……じゃあ、ウェルカムで美味しいワインを入れて正解だったんだ」

『珍しく、上手くいったな』

「ちゃんと褒めてくれても、いいと思うの……。わぁ、この人は大口だ。塩以外の貝やロブスター、ヒラメも買いたいって!」

『どれどれ……カヌレ女男爵か。プロフィール欄から、名産品を見てみな?』


 言われたとおりにしてみると、ここからも試食できるんだって。

 何が名産なのかなぁ……牛! カヌレビーフに、カヌレミルク、カヌレチキンに、玉子、カヌレ豚! わぁ牧畜家さんだ!

 しかも美味しい! ぜひ、ウチの領地にも欲しい。


『そう言う時は、【通商条約】を申し込め。成立すれば、お互いの商品を割引価格で買えるようになるぞ』


 申し込みます、申し込む!

 一気にレストランが豪華になるよ……。ディナーにお肉と魚を選べるよ。朝食はオムレツにベーコンとミルクが付くよ。絶対美味しいよ……。

 カヌレさんもログイン中であったらしく、すぐにOKの返事が来た。

 もう、踊っちゃいます!

 ビーフシチューに、焼きタン塩、フライドチキンに、ベーコンエッグもできるぞ!

 グルメタウンに一直線だ!


『ミナ、お前……本能に忠実過ぎないか?』


 良いじゃない。私の領地なんだもの。

 あ、ショウの好きなビールも、美味しいのを探さなくちゃね。

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