仮想空間で

『VRユニットの一日のプレイ時間は、最長で八時間です。

 それ以降は十六時間経過するまで、次回ログインは出来ません。

 オフラインの現実時間には、健康的な生活を心がけ、適度な運動を行いましょう』


 ネットワーク接続を終えると、何やら道徳的な注意事項がずらずらと。

 まあ、ねえ……私がいたから、ショウはVRのゲームはしてなかったけど、ゴロンと寝そべっているだけで遊ぶゲームが、健康的なはずもない。

 私だって、じゃれついても反応がないんじゃつまらないし、拗ねちゃうよ。

 えっと……健康保険証の登録ね。マイナカードを読み込ませればオーケー?

 自殺志願者だけど、七十二曲聴くまでは死ねないから、当座の健康は大事。

 身長体重、血圧や心拍数。血中酸素濃度まで自動計測される。

 くれぐれも、体重だけは非公開で! アイドル時代のファンをがっかりさせたくない。

 バイタルデータは、厚生労働省のデータベースに登録され、管理される。……新たな天下り部署? データの悪用はされたくないなぁ……。

 なんてボヤきたかったけど、外観データスキャンなので、アイドルスマイルを久々に。

 少しでも可愛くは、いくつになっても女子の心意気ですよ?

 そんな初期データ登録を進めていく。

 面倒くさいけど、ネットワーク中に何か病気の発作でも起きたら、誰にもわからないものね。家族と暮らしていれば良いけど、独り暮らしになってしまった私などは、ミイラになって発見されそうだし……そんなのやだ。


 ダラダラした設定を終えると、ようやくゲームがロードされた。


『リライトサーガ・オンライン

  Re-Write SAGA Online』


 タイトルが出た。……そういう名前のゲームだったのね。調べもしなかった。

 よし、まずはタイトル曲を聴くぞ! って、星空をバックに流れるこのイントロ……アレンジは違うけど、『Starry Night!』だよね?

 ショウが作曲してくれた、私の一番のヒット曲! 

 そして、出会いの想い出の曲。

 初めて聴いたのはデモテープ。ギター一本で、歌詞があるのに照れてるのか、ハミングで歌ってた。

 歌詞付きで歌ってくれたのは、婚約してすぐの武道館ライブだったね。

 アンコールのアンコールで、聞きたい曲を客席に訊いたら、満場一致って感じで声が揃っちゃって……楽屋にいた私をステージに呼んでまでして歌わせて、最後のサビだけ一緒に。

 それからは時々歌ってくれてたけど、それは私のバースデーのライブだけ。

 滅多に歌ってくれない曲だったのに……。

 それをショウ自身のヴォーカルで歌ってるのが、オープニング曲……。これは七十二曲には入らないよね。

 聴いてるだけで、涙が溢れてくる。

 でも、私の涙にも関わらず鮮明な映像が、世界観を説明してくれる。涙に濡れた私の目と、視神経に伝わる映像は別物なんだ……。とっても、バーチャル。


 はるか遠い未来

 地球から宇宙へ飛び出した人類の生活圏は、銀河系に広がっていた。

 その勢力は、銀河帝国と銀河同盟諸国連合に分かれて銀河を二分していたって、良くある設定よね。まあ、解りやすいのが一番だ。

 オープニングが終わったので、スタートしてみる。


『遅せ~ぞ、美菜。いつまで待たせるんだよ』


 いきなり聞こえてきたショウの声に、ビクンと心臓が跳ね上がる。

 眼の前にショウがいた。

 元気な頃のまま、痩せっぽちで、やたら強がってる。愛用のジージャンも、スリムジーンズもそのままに、ショウがいた。


『あ~……本当は案内役の副官キャラが出るんだが、お前のソフトのシリアルだけ、特別に俺が出るようにしてもらった。そうでないと、お前はゲームは苦手だから、すぐやめちまうもんな』

「そんな事無いもん、ショウの曲全部聴くまでやめないよ」

『でも、特別扱いはそれだけだから、覚悟しとけ? まずは陣営だけど、帝国と諸国連合のどっちを選ぶ?』

「いきなり訊かれても、選びようがないよ……。どっちがどうとか、何か教えてよ」

『面倒くせえ奴……。帝国は男爵とかの爵位があって、諸国連合は大佐とかの階級があるって感じ?』

「それは……もう爵位一択? じゃあ帝国で」

『はぁ……だろうと思ったよ』


 肩を落として盛大なため息を吐いてくれる。

 CGキャラだって解るけど、どこまでショウっぽく動くのよ? エーアイとか何とかいうのを使ってるの? 私が戸惑うくらいだから、本気で凄いショウっぽい。

 ニヤッと笑いながら、気取ってポーズを決める。


『ようし! じゃあ、今からお前は帝国の男爵だ。名前はなんて呼ばれたい?』

「ミナって呼んでくれなきゃ怒る。ショウなら絶対に、ミナとしか呼ばない」

『オーケイ! じゃあ、ミナ女男爵殿。領地となる星系へご案内しよう』


 SF映画のワープシーンのように、ギュワンと星が流れる。

 ビックリして仰け反りそうになったけど、意地悪っぽくショウが見てるから平静を装う。すぐにバカにするんだから……。

 三つウインドウが開いて、それぞれ惑星がゆっくり回っている。


『まずは、自分の領地の首都になる星を選べよ』

「この三つの中? 山が多い星、海が多い星、陸地が多い星? どう違うの?」

『少しは考えろ? 山が多けりゃ、金属とかが取れそうだろ? 海が多けりゃあ、水産資源、陸が多けりゃあ、農業がやりやすそうだろ?』

「さっき、星系を選べっていたよね? じゃあ、三つ揃った星系がいいな」


 そう言ったら、しゃがみ込んで頭を抱えた。

 アハハ……本当にショウだ。マジでショウだ。

 ちょっと情けない呆れ顔で、コツンと私の頭を叩く。


『あのなぁ……基本は三つ揃ってるの。でも、まだゲームを始めたばかりでお金がないだろう? 星は三つあっても、開拓資金が一つ分しか無いんだって』

「貧乏なのね……」

『そりゃそうだよ。男爵なんて、土地持ち貴族じゃ最下級だからな。働いて稼げ』

「うう……じゃあ、海が多い方がいいな。お魚さんと戯れたい」

『ミナの好みなら、それに決めよう。惑星の名前は?』

「う~ん……う~ん……う~ん……『サーフサイド』にする!」

『俺のデビューアルバムのタイトルだろ、それ……。まあ、始まりって意味じゃあ、合ってるとも言えるか』

「そうだよ? デビューは記念碑だから」

『わかったよ。じゃあ、サーフサイドに降り立とう』


 おぉ……場面が三方を本棚で囲まれた、いかにもな、執務室になった。

 高そうな机に応接セット。なんだかとても偉そう。

 でも、私だったら、もっとシンプルな方がいいな。こんなに本棚はいらないから、窓面積を大きくして、木目調よりホワイトな感じで。

 あとスピーカーで音楽を……って、さっきから流れてるこの曲何?


『やっと気がついたのかよ……。『クラスルーム』だ。色々な選択の時にかかるから、良く覚えておけ』

「油断してた~。CGショウにビックリし過ぎて、聞き流すところだった……」

『お前、ときどき目的を忘れるよな……』


 CGの分際で、その変わった生き物見る目で見ないで。

 解っていても、こういう所が、本当にショウだよ……。涙が止まらない。


『それじゃ、次はミナの乗る宇宙戦艦だ。基本性能はどれも一緒だから、見た目の好みで選びな……』

「この四角いのや、丸っちいのや、三角っぽいの? 色は変えられる?」

『もちろん。そうでなくても他の奴と、初期はカブるからな。せめて、カラバリ増やさないと面白味がないって』

「じゃあ、この潰れた四角錐みたいな艦の白がいいな?」

『名前は?』

「もちろん、『カサブランカ』だよ」


 ショウに教えてもらって一緒に見て、大好きになった映画のタイトル。『白い家』っていう意味だし、おかげで、私たちの家も白くなった。

 でも、疑問が一つ……。


「ねえ、何で宇宙戦艦が必要なの? 私、稼いでこの星を開拓するよ?」

『あのなぁ……お前、このゲームがVRMMORPGだって自覚してるか?』

「ぶいあーるえむ……なんだっけ、それ?」

『これだよ……本当に説明書を読まない奴だ。そうだろうと思ったけど……教えてやるから一度で覚えろ。RPG、ロールプレイングゲームは解るな?』

「うん。ショウが良く遊んでたド○クエみたいなヤツだよね?」

『そう、物語を演じる……というか、体験するゲームな。で、MMOは?』

「フロッピーディスクの分厚いの?」

『それはMO! 何でそんなマニアな知識を持ってるんだか……。MMOってぇのは、たくさんのプレイヤーが集まって、協力し合うゲームだよ。

 繋げると、VRユニットを使って、ネットワーク上のプレイヤーが集まって、物語を作り上げてくゲームってことだ』

「へ~……だから、それでなんで宇宙戦艦が必要なの?」

『だから……それぞれが自分の領地を持ってるプレイヤーがどうやって集まるんだよ? ここは宇宙空間だぜ?』

「なるほど、宇宙船で行き来しないとね。無用心だから、護身用に武装してると」

『半分正解。……このゲームのタイトルは覚えてるか?』


 完全に呆れ顔で訊く。

 懐かしいなぁ。……ゲーム知識ゼロの私のお馬鹿な質問に、呆れながらも私が納得するまで、一生懸命に説明してくれたよね。

 ギャラリーの私にも、ちゃんと解って応援して欲しいって。


「え~っと……『リライトサーガ・オンライン』だっけ?」

『珍しく覚えてるじゃん。それは、英雄物語を書き換えろって意味なんだ。だから、プレイヤーが頑張れば、この世界の英雄に成り上がれる。もちろん、宇宙艦隊戦もアリで』

「無茶言わないでよ! 私に闘争本能は皆無だよ?」

『自慢げに言うな! だから、サポートキャラがの俺がいるんだろ?』


 任せろとばかりに胸を張るショウ。

 何だかとっても、不安なんですけど……。私に宇宙戦争ができるの?

 でも、ま……いっか。

 ショウと一緒だったら、何とかなるよね?

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