『モブ』の俺が、ヒロインの隣に立つために

モブの成り上がりっていいよね

第1話 ただの日常

「おい!本条、購買行って俺たちのパン買ってこいよ」


クラスメイトの奴と肩を組んだDQNが威圧的態度を見せながら俺にあくまでをしてくる。断る権利?あるわけないんだなぁ…


俺はこの陰鬱な空気を纏いながら購買に行く準備をする。幸いなのは俺が買いに行く間は手を出されないって事かな。


そんな何処にでもいそうなパシリをやっている俺の名前は“本条新太”高校2年生だ。


1年の頃、何をしたか忘れてしまったがDQN達の勘に触れたらしく目を付けられてしまった。


購買で使うお金というのは全部俺持ちだ。後から返してくれるなんて甘い事はない。ヒャッハー俺の財布が火を吹くぜ〜


席から立ち上がり、教室を出ようとすると俺はDQNに声を掛けられた。


「おい新太、その態度どういうつもりだ?」


俺は呆気に取られる。


「え?」そう返すと


「その態度だよ、その態度、なんだそのやってあげてるって目は」


そうした事でDQNがお仕置きしないとなぁと腕を鳴らしている。あぁ分かった。


こいつらは別に俺に購買で買ってきて欲しかったんじゃなくて、殴るための理由が何かしら欲しかったんだな。


今までの経験から自分が悪いと言ってれば直ぐに興が覚めて止めてくれるだろう。


彼らが得たい気持ちというのは抵抗する相手を上から押し潰す事だからな。


「ご、ごめん」そう言い終わる前には既に拳が俺の胸目掛けて飛んできていた。


そしてごめんなさいbotとなった俺はあいつらが飽きるまで別の事に意識を飛ばす。


唯一誇れる特技がいじめられる様になってから手に入るって皮肉な話だよな。


まぁ完全に別の事に意識を飛ばすとあいつらに気付かれるかもしれないから深くは考えられないけど。


今日は確か「転無双」の最新刊の小説が発売されるはずだ。


説明しよう、「転無双」とは転生者、二度目の人生では無双する。の略称である。熱い戦いとラブコメ要素の含んだ学園もので、今は本編は完結していて、番外編が今日発売されるのだ!(ここまで早口)


だからこんなボコボコされてても今日は平気なのであーる。


とはいえ、日頃からサンドバックにされまくった身からすると今日の殴りの一発が強い気がするんだが。


違和感を感じた俺は少し上を見上げた。あ!取り巻きの奴と目が合った気がする。


だが直ぐに目を逸らされてしまった。俺の事そんなに嫌いか?いやいや今は自分の疑問を解決しよう。


こいつ何かの構えをしているな。

一体なんだ?俺は少ない知識をフル回転させて己の目に入った光景と近いものは何か思い出そうとする。


だが俺が思い出すよりも前にDQNの口から答えが告げられる。


「俺さ最近ボクシング習ってるんだよ」


どうやら既視感のあった構えはボクシングの様だった。取り巻きの反応が徐々におかしくなっているが自分の気のせいだろうか?


だが、俺の思考を待つことはなく会話は続く。


「コーチがさぁ『おめぇのパンチ強すぎるから試合は無しだ』だとよぉ。俺はただ人を殴る罪悪感を無くしたかっただけなのによぉ」


そう言いながら俺に一発また一発と意識の飛ぶギリギリのパンチをしてくる。だがここで意識を手放す訳にはいかない…


俺が地面に倒れ込むと、今度は別の場所から鈍い打撃音が聞こえ、俺の前に何かが倒れ込む。


この時俺は初めて、何が起きているのか理解した。

今日の俺は


あまり意識する様な事ではないから気付かなかった。


今殴ってきているのはまぎれもなくDQNの糞野郎だが、さっき目があった取り巻きは違う。クラスにいる冴えない奴だ。


普段はこいつの視界にすら入らないんだろうが、今日は運の尽き。目を付けられてしまったと。


さっき目を逸らされたのは思い返すと罪悪感からなのかもしれない。俺の事をいじめている奴らは良くも悪くもこの学校と深い繋がりのある奴がほとんどだ。


だから先生達はあまり強い行動ができない。転校も考えたが、今現在の暮らしが苦しいのにそんな事したらどうなるか分からなかったので保留になった。


そうこうしているうちにDQNは冴えない君と俺のサンドバックに満足し、教室を後にした。


俺は倒れている冴えない君に声を掛ける。え?なんでこの呼び方って?俺が名前覚えてねぇからだよ。


「大丈夫か?やばいなら保健室いくの手伝うぜ」


俺は右手を差し伸べる。冴えない君は俺の差し伸べた手を掴むことなく直ぐに立ち上がった。俺の目を見ると俺の前に来て口を開いた。


「いつも、悪いな。何もしてやれなくて…今から言う事はただの自己満って奴だ。聞き流してくれて別に良い。聞いてくれれば嬉しけど。」


冴えない君はどこか恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。


「僕って言うのは自分の事しか考えられないんだ。だから君が大変な目にあっていても自分の身を考えて何もしてやれなかった。本当にごめん」そう言うと自分の席に戻っていった。


ふぅ~ん。というかそんな事思ってる律儀な奴が居たんだなぁ。俺はてっきり居なくなってると思ってたんだけどな…


ーパチンー 

俺は軽く頬を叩く。暗い話は無しだ!次の授業の支度をするか。








帰宅中



本屋に寄って番外編を買えた。

俺がどうやら予約抜きだと一番最初に買えたっぽい。顔馴染みの店員さんから本を受け取り、家路に向かった。


今日はなんだか真っ直ぐ帰る気にならなかったから少しだけ寄り道しようと思う。

そうして寄り道をするときのゴールデンロードを通る。


この道を見つけたのは俺が高校に入ろうと下見をしにきた時だったと思う。今思えば、こんな風に惨めな高校生活を送って何やってるんだろうという気分になる。


あいつら中学の同級生と同じ高校に行けば少しは変わったのか?多分どこでも俺が惨めなのは変わらないな。暗いことを考えていたら、あっという間に駅に続く信号についていた。


「はぁ、なんだかなぁ、俺の人生上手くいって欲しかった」


そんな愚痴が零れる。

高2の奴がこんな事を言っても説得力がないと言われそうだけどな。


なんの変哲もない赤信号をみて、妙な胸騒ぎに襲われた。


前を見ると少女が赤信号なのに前に進もうとしているのが分かる。


おいおいまずいだろ。俺は保護者が近くにいるかすぐに見回す。いないのか、そもそも誰か止めろよ。


そんな風に思っても日本人は、他人に対してどこまでも冷徹になれる。動かないなら、俺が行くしかないだろ。俺は駆け足で少女に近づく。


「大丈夫か?」


俺はそう声を掛ける。少女は泣きそうな顔で


「おかあさん、あっちにいる」


と指を指してくれた。はぁ親もしっかりしとけよ。そんな事を思っても今の現状は変わらない。それこそ俺が今まで、生きてきて覚えた事の一つだ。


この子を落ち着かせるために話しかける。


「大丈夫。お兄さんがあっちまで連れっててあげるから、今はここで待とうね」


そう言うと彼女は頷いてくれた。そこまでは良かったんだが、その後人生最大の不幸が俺を襲う事になる。


よく物語だとある話だろ?道路で女の子を助ける時に自分が代わりになるってパターン。そうまさにそれだ。


鼻の奥にガスの匂いが刺した。慣れている筈の匂いがなんだかいつもより新鮮に感じる。


鉄の塊が俺に近づく事に周りの時間が遅くなる。この中なら自分はなんでも出来そうと錯覚出来るほどだ。


だがそんな時間は長く続かない。段々と鉄の塊と自分の身体の近づく時間が短くなっていく。そんな中で俺は選択を迫られる。


自分の身を守るか少女の身を守るか。どっちも救えるというのが一番なんだろうが、自身の勘が一方だけだと強く伝えてくる。


それもその筈、俺の身体はもう十全には動かなくなっていた。答えを自分の中で決めた俺は行動に移す。













俺が助けるのはもちろん少女だ。俺は車が突っ込んで来る逆方向に少女を突き飛ばす。


いじめっ子に殴られたからか、はたまた別の理由なのか分からないし


俺が死んだら次は冴えない君でも標的にするんだろうか?反省して辞めて欲しいもんだ。


こうやって軽口を考えてるけど体の感覚はとっくに壊れかけている。視界に映る情報は霞んで何も入る事がない。


音は聞こえるが耳鳴りの様で、とても五月蠅い。辛うじて思考出来ているこの頭も、もうじきお釈迦になるだろう。


自分というものが無くなるのが分かる。怖いし、消えたくないって思う。


-姉ちゃんごめん。俺約束守れなさそうだ-


俺が最後の最後の瞬間思い浮かべていたのは現実にいる誰かではなく、自分の恋した物語の少女。最後の瞬間まで、あの笑顔が離れる事はなく、ただ夕闇に意識が溶けていく。

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