夏休みの夜

紫陽花の花びら

紅の星

 湿った風が吹いていた。少し前に降った雨の残滓と、これからまた雨が降ることを感じさせる風だった。べっとりと肌に纏わりつくような、そんな風だ。乳白色の雲が大きく広がるその隙間から、鮮やかな紫色の夜空が覗いていた。

 そんな空の下、僕らはベンチに腰かけていた。君の左腕が僕の右腕で、僕の右腕が君の左腕だと錯覚するほど、近づき、腕を絡め合い、手をつないでいた。君の肌の感触、体温が、僕の体に伝わってくる。僕らは黙っていた。夏休みの夜、キャンパスは閑散とし、風の吹き抜ける音、木々が揺れ、かさかさと葉が擦れる音が響く。その音の間を縫うように、コオロギの鳴き声が聞こえた。隣のベンチの横にある電燈が、闇の中に光を投げつけていた。暗い道の中に、ろうそくの光のような、優しい光を広げていた。隣のベンチの上にまだ溜まっている水に、電燈の光が一筋映り、風で水面が揺れ、水面に映る電燈の光が細かく揺れていた。

 僕がそんな風に隣のベンチを見ていると、君は、僕の方に体を寄せて、僕の右肩にそっと頭を載せた。肩が、少しくすぐったかった。正面を見ると、僕の耳が君の額に触れた。そして、僕の頬を君の髪の毛が撫でた。目の前には、闇に紛れ、黒々とした木が、大きく枝を広げて高々とそびえ立っていた。逆光を受け、大きく翼を広げた鷲のような迫力があった。その木の梢と、隣の建物の隙間から、紅に煌めく星が、一つ見えた。僕はその星を眺めながら、ずっとこの時間が続けばいいのにと思った。ただ君と体を寄せ合い、手をつないでいるこの時間が、永遠に続けばいいのにと思った。

 帰る決心をするために、僕らは抱き合った。

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夏休みの夜 紫陽花の花びら @ajisainohanabira

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