第二十話 西藤さんの実家に行く
駐在所は、車で五分の場所だった。駐在所前に車を停めて、
中には、中年の男性警官が、デスクに地図を広げて待っていた。
陽人は、自己紹介をし、簡単に
「そうでしたか、ご家族と言っても母親ひとりです。午前中に自分から
広げた地図を指し示した。
「駐在所がここで、母親はここに住んでいます」
近所だった。母親には、先に派出所から電話を入れてもらい、歩いて向かうことにした。
住宅地にある一般的な二階建ての家だった。
チャイムを鳴らすと、母親がすぐに出てくる。
「隆史の件では、お世話になりました」
母親は六十代であろうか、地味な服装ではあるが、みすぼらしい格好ではない。
陽人が、ダンテたちの関係を説明すると、縁は不思議なものですねと母親は言い、家に上がるよう勧めてきた。茶の間に通される。
家の中は、きれいに片づいていた。
「このたびは、ご愁傷さまでした。突然のことで驚かれたと思いますが、お気を落とさずにいてください。隆史さんの荷物は、後ほど駐在所を通して送られると聞いています」
「ありがとうございます。隆史が東京にいたなんて驚きました。てっきり、静岡にいるものとばかり思っていました」
「一昨年の六月から今の場所にいらしたようです。差し支えなければ、お仕事は何をされていたのか教えていただけますか」
陽人が話を進める。さすが、警官だけあって聞き取りに慣れている。
「なんでも、大学を出てすぐに神社庁の事務職に就いたと聞きました。七、八年くらいは、長野市にアパートを借りて市内に勤めていたのですが、その後、静岡県に転勤になったと聞きました。携帯の連絡先は聞いていましたが、なかなか家にも帰ってきませんでしたし、元気にしていれば、それでいいと思っていたので……」
母親は涙を拭った。
「隆史さんと直近でお会いになったのは、いつ頃でしたか」
「一年くらい前に仕事で近くまで来たからと、立ち寄ったことがあります。でも、ほんのひと言ふた言交わしただけで行ってしまいました。それが最後です」
「おひとりでしたか」
「車で来て、助手席に乗っていきましたので、運転している方がいたのだと思います。こんなことになるのなら、もう少しゆっくり話をしておけばよかったと思います……」
母親は、残念そうに目を伏せた。
「隆史さんからの連絡は少なかったかもしれませんが、いつもお母さんのことを想っていたはずですよ。隆史さんも、お母さんの誕生日に花を贈れなくなって寂しいと思っていることでしょう」
ダンテが母親を慰めた。
「そうだといいですね」
母親が微笑む。
「おつらいところ、いろいろ詮索してしまって申し訳ありません」
陽人が礼を言って、家を後にした。
「ダンテさんは、隆史さんがお母さんの誕生日に花を贈っていたことを知っていたのですか」
駐在所に戻りながら有江が尋ねる。
「いや、知りませんでしたが……なぜか、わかるときがあるのです。どうしてでしょう」
当の本人が一番不思議そうにしている。
駐在所を後にし、県道に戻り白樺湖に向かった。
「隆史さんは、神社庁でどんな仕事されていたのでしょうね。調査する部署ってあるのでしょうか」
有江がすっきりしない表情で話すと、ダンテもすっきりしない表情で答える。
「神社が『地獄の門』の調査ですか。微妙な感じですね」
「『地獄の門』を調べるとすれば、神社ではなく、お寺さんですよね。閻魔大王を
すっきりとした表情で愛永が説明した。
「そうですよね。でも、日にちは七月十六日だったり旧暦だったりと、ばらつきがあるようです。ゲートが全国各地にあるのも、ねえ」
やはり、ダンテはすっきりしない顔で検索画面を見ている。
車は山道に入った。山以外は見えない。
道路脇に積雪が目立つようになってきた。
雨境峠に近づくと空は次第に暗くなり、雪がちらついてきた。
「この辺りが、立科町で一番細くなっている『ボンキュッボン』の『キュ』のところです」
陽人は、ひとり喜んでいるが、見てわかるものでもなく、有江は雪が心配でそれどころではない。
山道を上り、スキー場を過ぎ、山道を下る。道路は除雪されているが、周囲はとうに雪景色になっている。
「国道の方が走りやすかったですかね」
陽人が屈託なく笑う。
有江は、愛永の運転ではなくてよかったと、心から神に感謝した。
雪景色の中、銀色の湖面が見えた。白樺湖だ。
車は、湖を西に廻り込み、蓼科テディベア美術館に入る。雪をかぶった大きいテディベア「グッティー館長」が出迎えてくれた。
平日なこともあって他の入館者はいなかった。
館内は広く、速足で見て回る。
どこもかしこも、テディベアばかりだ。
十五の国と十八のテーマの中にテディベアがジオラマ風に展示されている。イッツ・ア・スモール・ワールドの人形が、全てテディベアになっていると言えばわかりやすいだろうか。
館内のショップにも多くのテディベアが並んでいた。
「西藤さんの部屋にあったテディベアはありませんか」
有江は、陽人の顔を見る。
「むむ、どれもクマですね。茶色でしたが、茶色が多いですね。どれも同じに見えてきました」
陽人は、目を細めて必死に思い出そうとしている。
「ごめんなさい。西藤さんの身元はわかったので、テディベアを確かめる必要はありませんでした」
有江は、からかったことを詫びた。
「有江さんの顔もテディベアに見えてきました」
微妙に嬉しくない。
ダンテは、テディベアに囲まれて記念写真を撮ってもらっていた。
愛永は、ピンクのテディベアを買っている。
閉館のアナウンスに促されて外に出た。
帰り道は、白樺湖から国道を南下し、諏訪ICから中央自動車道に乗った。
「隆史さんと一緒にいた人は誰なのでしょうね」
有江は気になっていた。
「神社庁が『地獄の門』を調べるのも気になりますよね」
陽人が言った。
「静岡県に転勤になったのも、関係があるような気がします」
ダンテも付け加える。
「テディベア可愛いですね」
いつも鋭い愛永は、テディベアにメロメロだった。
談合坂SAで夕食をとった。
長野県で降っていた雪が嘘のように、空は晴れていて星が見える。東の空には半月が浮かんでいる。
久々に食べる「ほうとう」は美味しかった。
愛永が、最寄り駅のロータリーで降りた。
「お疲れさまでした、楽しかったです。明日は、ゆっくり休んでくださいね」
バスを待つサラリーマンに交じって手を振っている。
「ぼくは、明日出番なんですよね」
陽人は、ハンドルを握りながら肩をすくめた。
程なく、有江の街に着く。
「レンタカーの営業所には、連絡してありますので、今から返しにいってきます。ダンテさん、後で清算してくださいよ。有江さん、また、どこか出掛けましょうね」
陽人は、車を走らせロータリーから出ていった。
「結局『地獄の門』は見つかりませんでしたが、これをきっかけに西藤さんの実家がわかり、お母さんの手元に形見の品々が届くだけでも、よかったのかもしれません。今日は、ありがとうございました」
頭を下げるダンテの右手には釜が入った袋が下げられている。左手で持つ袋からは、グリーンのテディベアが顔をのぞかせていた。
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