第2話 志願

 海に近い場所に3階建てのビル。

 大きな看板には『ガードテクノロジー』と会社名、それから屈強な人達が笑顔な写真。

 突然のことに頭がまだ追いつけないでいる。

 買い物に来ただけなのに、あんなことが起きるなんて今まで一度も考えたことがなかった――。


「少し動揺しているのと擦り傷がまぁまぁ。聴力、視力、意思疎通に問題なし。これなら一旦家に、と言いたいところだけど、永嶋さんよ」

「はい」

「東セキュリティ会社から発表もなければ、警察や消防も事態が呑み込めずにいる。医療施設もボロボロ、諸悪のAPRがまだ彷徨ってるのに彼女を帰すのはかなり危険だな」


 専属のお医者さん、かな。白衣を着た先生。

 スキンヘッドで顎先から伸びている髭が白い。

 先生の言う通りかも、家に帰ったところで誰もいないし……安全じゃない。

 暴走するなんて、まだ信じられない。

 ちょっとだけ愛着湧いてたのに、ショック。


「君はどうしたい?」

「え……私、ですか」

「あぁ、君の意見を尊重したい。部下の情報だと、APRは警備エリアから外には出られないという話だ。暴走に対処する猶予はある。外に避難できる時間も」


 どうしたい、と訊かれても困る。


「あの、これから街はどうなるんですか?」

「まずはAPRを調査して、すぐに対処できるチームを立ち上げる。我々ガードテクノロジーはただの民間企業だが、同じ民間人を守る義務がある。質問は以上か?」


 怖いくらい真っ直ぐ永嶋さんの目つきから顔を逸らしてしまう。


「永嶋さんよ、相手は同僚じゃないんだから優しくしないと、まだ学生さんだ」

「あ、す、すまない、少しピリピリしていて、そうだな、家に戻るのは危険だと思う。君が良ければここで待機して、安全が確保できたら、君を避難できる場所まで送る。どう、だろう」


 帽子の鍔をつまんだゴツゴツした指先、永嶋さんの眼差しは少し弱まる。


「あ、いえ……あの……はい」


 怖がってしまったせいで永嶋さんを困らせてしまった。

 助けてくれた人に随分だ、私。


「屋上から外を見てもいいですか?」


 永嶋さんに許可をもらって、3階ビルの屋上から都内を見た。


 一面真っ黒。


 高層ビルが抉れ欠けて、脇腹に穴が開いた様。

 いつ傾いてもおかしくない。

 黒煙があちこちに立ち上がって、パトカーがひっくり返り、消防車が水を漏らしている。

 人なのかロボットなのか分からない残骸。

 悲惨な状況なのに水色の空だけがハッキリと、爽やかに映える。


「たかがセキュリティ会社のAPRと思っていたら、この有様だ。何故、暴走してしまったのか」


 永嶋さんの声が近づく。


「APRを開発した東セキュリティ会社は、跡形もない」


 指した方向に、激しく黒煙が舞い上がっている建物があった。

 今も燃えて、内部から破片が爆発と一緒に噴き出ている。

 地上で逃げ惑う人々の姿。


「君の家は、どこに?」

「えと、多分、あっちです」


 ガードテクノロジー社から真っ直ぐを指す。

 美術博物館から5分ほどの距離、辺りも半壊していて、どれがマンションだったかも分からない。

 スマホはマンションに眠ったまま、壊れているかも。


「すまない」

「えぇと、大丈夫です」


 どうせ空っぽだったんだから、無くても問題ない。


「だが安心してくれ、落ち着き次第君を避難先まで安全に送ろう」

「避難する場所って?」

「九州か北海、どちらもここから遠く離れた場所だ」


 避難先に逃げたって何も変わらない。

 私、不謹慎だな。

 だって、こんなにも荒れ果てた都内を見ても、心が痛くならないんだ。

 むしろ、何か新しいものが見つかるんじゃないかって期待している。

 柵を握り締めた私は、悲しそうな横顔の永嶋さんに切り出す。


「あの、永嶋さん。チームを立ち上げるんですよね? ロボットの」

「あぁ、ガードテクノロジー社APR殲滅チーム、アタックとサポートを集める。民間人のためにな」

「私も戦いたいです」


 永嶋さんは驚いているけど、すぐに冷静さを保った目つきで私を見下ろす。


「理由は?」

「私、ずっと探しているものがあって、チームに入って行動を起こせばきっと見つかるんじゃないかと」

「命を奪われる危険が常にある、状況によっては奪う可能性もある。それでも加わりたいのか」

「……怖いけど、何も見つからないまま生きるのはもっと嫌です。どうかお願いします!」 

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