彼方からの失せ物
十余一
一、隕石
天明二年六月八日、
臆病な彼は一目散に手近な小屋へと逃げこんだ。転がるようにして駆けこむと、地に伏し頭を抱え、ぶるぶると震えている。
「
いったい何が起きたのか。彼にわかるはずもなく、必死に念仏を唱え救済を求むほかない。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏――」
「
しかしてのち、漁夫仲間が少しばかりの呆れを含み声を掛けた。卯吉と呼ばれた青年は、びくりと肩を震わせる。そうして、おそるおそるという様子で外を
突然の光と音に身を
雲ひとつなかったというのに稲妻か。それとも、どこかの山が噴火でもしたか。もしくは、実物など見たこともないが
薄明の空に伸びた一条の白雲は、山向こうまで続いている。
そこで卯吉は、はたと気づいた。白雲の続く方角は、兄の住む
「兄ちゃん、兄ちゃん!
卯吉が海士津村へ到着したころ、太陽はすっかり顔を出し
だというのに、屋敷はもぬけの殻だ。兄も、兄嫁もいない。仕えているはずの下女の姿すら見えない。それどころか隣家もしんと静まりかえっている。海辺は、道すがらすでに見た。舟はあるものの人影はなかった。この辺りの村民は大半が半農半漁。であるとするならば、残るは――。
「おお、卯吉か」
壮年の男が朗らかに微笑むのを見て、卯吉は
「兄ちゃん!
「駆けつけてくれたのか。ありがとう、卯吉。皆、無事だ。怪我はない」
兄の言う通り、見知った顔ぶれに特段変わった様子はない。しかし、足元に異変がひとつ。畑には
やがて
土を掘り進めると妙に暑い。降り注ぐ初夏の陽射しのせいばかりではない。足元からじりじりと蒸され、汗が流れる。
そう深くないところに、それはあった。
「あつッ……!」
ぬくもりと言うには少しばかり熱すぎるそれを、男たちは
大きさは
人々が注意深く視線を向ける
どよめく人垣。どうにも気味が悪い、人知を超えた物体。石の飛来は良くないことの前触れか。不吉。凶兆。招禍。不安は伝播し、誰ともなく発する。
「海にでも放っちまえ!」
それを辰一郎が制した。
「待ってください。これは天からの授かりもの。きっと、
光り物は不吉なものとして恐れられる一方で、崇拝を集めることもままあった。
妙見信仰、あるいは
加えて、辰一郎の立場と人徳。若輩ながら
それでもなお不安げな視線を向ける卯吉に対して辰一郎は、まるで
「大丈夫。怖いものではないよ。妙見さまは私たちのことを見守ってくださるんだ」
かくして天降石を納めるための
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