21 母親と呼ぶべき人

 長いときが経ち集落の長の子孫は英雄と荒神、二柱を同じ神として祭った。具体的に言えば英雄を和魂。荒神を荒魂として祭ったのである。和魂というのは恵みなどの神の穏やかな一面のこと、対して荒魂は祟りなどの荒々しい一面のことだ。   


 そして荒ぶる御魂を鎮める為に自身の末裔に呪いをかけた。

 少女の魂が代々一族の子供として産まれるようにしたのだ。こうして輪廻転生し続ける少女を生き神として祭祀をさせた。


 これが橘樹家に伝わる伝承。呪いの始まり。



*



 コウと裂界から出ると丁度、柳田の姿があった。幸い池から出てくる私とコウには気づいていないらしい。

 何やら池の様子を眺めていた柳田に話かける。


「柳田さん」

「これは、これは、橘樹のご息女」

「何をなさっているので?」

「今日は迷い家が少し静かな気がしまして」


 この旅館の住人が減ってしまったことに彼も薄々気づいていたらしい。

 やはり、ここは正直に起きた出来事を話すべきか。

 そう考えたその時。本の虫が放った言葉を思い出す。



――彼に伝えたいことなら色々あるけと……別れの言葉では寂しいよね。



 あぁ、そうだ。あの怪異はあくまで別れとしてでは無く一時的な離別だと伝えて欲しいと言っていた。

 柳田に今まで起きたことを正直に話す。無論、本の虫が消滅したことは伏せて。その後、いつの間にやらレディース服へと着替えていたコウは私のために本の虫が眠りについたことはやむを得なかったのだと補足してくれた。


「そうですか。あの子は眠りについたのですか。少し寂しくなりますね」

「柳田さん。私も迷い家が人々の記憶に残される場所になることを祈っています」

「あぁ。私も梓と同意見だ」

「ありがとうございます。ご息女様。コウさん」


 柳田は一礼すると、中庭の向かい側へと視線移した。


美夜みよさん。どうしてこちらに?」


 背中に寒気が走る。柳田が言い放った名は私が最も恐れていた言葉だ。


「梓」


 振り返ると、こちらを見つめている一人の女性と目が合う。

 祖母のごとき鋭い眼差し。ブランド物ではあるが、あまり目立たない衣服。そして向日葵の花飾り。私の母である橘樹美夜だ。


「あの女は梓の知り合いか?」

「私のお母さんだよ」


 怪しむ様な目で梓を見つめるコウへ返答したが、無意識のうちに声が震える。


「久しぶりね。梓。ずっと手紙の返信が無かったけど、元気にしていたかしら?」

「お母様」

「元気にしていたかと聞いているの」

「えぇ。何事も無く息災です。学業も滞りありません」

「なら、良かった」


 隣でずっとこちらの話を聞いていたコウが、口を挟む。


「あの女人は梓の母か?」

「そうだよ」

「ずっと手紙を送っていたと仰っていたが、母君は『けーたいでんわ』や『すまほ』は使わないのか?」

「使わないよ。お母様は普段、手紙しか使わないの。緊急時は術式で情報伝達するから要らないみたい」


 美夜いわく「デジタルとかいう物は神秘に対する冒涜よ」とのことだが、実際は機械音痴であることを誤魔化すための言い訳だ。テレビやエアコンはかろうじて使えるのだが、ATMの振り込みなどは一切出来ない。

 

「今日は何の為にここへ来たの?」


 美夜は表情を全く変えず答える。


「貴方を家へ連れて帰る為よ」

「どうしてですか?」

「話は車の中でしましょう。九星、運転して」


 遠方でこちらを眺めていた九星が苦笑いする。


「姉さん。梓ちゃん困っているみたいだけど?」

「親不孝な娘の面倒を見ている私と旦那の方が困っているわよ。早く車を出しなさい」

「はいはい」


 九星が中庭を離れると美夜が手招きする。


「貴方も早く荷物をまとめて」

「はい。お母様」


 しぶしぶ母の方へ歩み出すとコウがこちらの手首を掴んだ。


「梓」

「ごめんね。コウ」

「どうして何も言わないんだ?」

「言うことなんか何も無いよ」

「嫌だと思うなら嫌だと言え。虐げられていると感じるなら怒れ。理不尽だと感じるなら言い返せ」


 美夜が眉をつり上げる。


「あら、梓のお友達?」

「友達以上の関係だ」

「あらそう。梓が変わってしまったのは貴方のせいかしら?」

「なんだと?」

「二度と梓と関わらないで頂戴」


 コウが苦々しい表情を浮かべたが、美夜は気にしていないようであった。この女の子は実は橘樹家の祭神であることを知ったとき彼女は何と言うだろう。


 立ち去る前に小さな声でコウに耳打ちする。


「助けに来て。エイユウサマ」


 勿論だと言わんばかりにコウは満面の笑みを浮かべた。

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