第3話 「恋愛ごっこ」してみませんか?

「失恋したような?」


すぐに廸が問いかけてきたのに驚いた。


「いや、彼女とは付き合っていた訳でもないんだ。ただ、長い間の友人だった」


「でも、時々お互いに連絡して会っていらっしゃったのでしょう」


「ああ、どちらかが一方的に誘うということもなかったけどね」


「しばらく会っていないと話がしたくなったんでしょう」


「まあ、お互いにそういうところかな」


「その方、吉田さんが好きだったのですね。でないとそういうことは話さないから。それに吉田さんもその方が好きだったのは間違いありません」


「確かにその時はそういう意識はなかったけど、あとから少しずつそれが分かってきた。僕はきっと恋愛には向いていないね」


「吉田さんに彼女がいないのは分かる気がします。吉田さんは会議で意見が対立しても相手を追い詰めたりは決してしないし、自分が折れて相手の顔を立てたり気配りがすごくできる方です。ただ、自分を抑え過ぎるところがあると思います。女性に対しても自分の気持ちに素直になれなかっただけだと思います」


「僕はその自分の素直な気持ちが認識できないのだと思っている。どうしようもないね」


彼女はこの嘆きのような投げやりの言葉をどう受け止めたのだろう。そしてどこからあんな突拍子もない考えがでてきたんだろう。


「じゃあ、私と『恋愛ごっこ』してみませんか? 素直な気持ちというものが分かるようになるかもしれませんから」


唐突に廸が『恋愛ごっこ』というものを提案したのには驚いた。ふざけていっている印象は全く受けなかった。僕は思わず彼女の顔をじっとみた。彼女のその言葉の意味を図りかねていた。


「『恋愛』じゃなくて『ごっこ』? 恋愛の振りをする?」


「『ごっこ』ですから、ただ、まねごとをするだけです。本気じゃなくていいんです。むしろ本気にならない方がよいかもしれません。その方がお互い気が楽でしょう」


「若狭さんとその『恋愛ごっこ』をすると素直な気持ちが分かるようになれるというのか?」


「はい、おそらく」


今思うと、廸は僕が彼女に好意以上の感情を持っていると確信していたに違いない。それを僕自身が気づいていない、そして気づこうとしていないこともよく分かっていたのかもしれない。


「分かった。若狭さんが協力してくれるなら、その『恋愛ごっこ』をしてみようかな」


どういうわけかその話に乗ってみる気になった。自分でもよくその提案に素直にのったものだと一人になったときに思った。


「でもこのことは絶対に秘密にしましょう。周りからいろいろ言われたり、興味を持たれたり、気を使われたりするのはいやでしょう。職場関係の恋愛は仮に『ごっこ』だったとしても、いろいろリスクが高いですから」


「そのとおりだ。そうしよう」


「それではこの週末にでも1回目の『恋愛ごっこ』をしてみませんか? 会社の誰かにはみられないようにして」


「そうだね」


「それから『恋愛ごっこ』の費用は割り勘でお願いします。そうすればどちらも気兼ねなく『恋愛ごっこ』を楽しめるから」


「分かった。それがいい」


「今週末のご都合はどうなんですか?」


「予定がないからいいけど」


「じゃあ、場所と時間を考えて吉田さんの携帯にメールしようと思いますが、いいですか?」


「ああ、そうしてくれればいいよ」


こうして廸と『恋愛ごっこ』なるものを始めることになった。

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