第2話 直美とのほろ苦い思い出
僕はそのころはとってもシャイで女子に話しかけることなどできなかった。ただただ、彼女を横から、後ろから、眺めて憧れているだけだった。そのころ彼女と会話をした記憶は残っていない。ときどき視線が合うとドキドキしてすぐに目をそらせていた。
それで彼女は僕が憧れや好意を持っていることに気づいていたのかもしれない。僕が地元の大学に合格した日に思いもかけず電話をしてきてくれて「合格おめでとう」と言ってくれた。彼女も希望の学部に合格していたので、話がはずんだ。高校が進学校だったのでようやく僕たちは受験から解放された。
その時の僕は彼女が好意をもっていてくれていたなんて思いつかなかった。学部は違っていたけれど、それから僕たちは時々会って話をするようになった。せいぜい2、3か月に1回くらいだったように思うが、まあ、はじめは情報交換といったところだった。
そのうちに学部の学園祭に招待したり、招待されたりして、親しさは少しずつ増していったように思う。ただ、好きだとコクルことや付き合ってくれとかは、お互いに口にしなかった。
そのころの二人は共に学生生活を謳歌して、お互いに自由であって束縛されたくないという思いがあったのだと思う。彼女から見て僕は One of them だったと思っている。今からしてみると、友達以上恋人未満の関係などとは到底言えない間柄だったと思う。
学生生活を謳歌していたこともつかの間で、すぐに僕たちは就職戦線に臨まなければならなくなった。お互いに就職活動のため、次第に会う機会もなくなっていった。
僕は東京の食品会社に就職が決まって上京した。彼女も東京の旅行代理店に決まったと聞いた。それぞれの会社へ勤めだしてからも、仕事に忙しくて、疎遠になっていた。
就職してから2年くらいたって、ようやく仕事を覚えたころ、秋谷幸雄君が幹事になって高校2年生のときの同窓会を地元のホテルで開催してくれた。高校の2年生の時が一番友達付き合いが盛んだった。秋谷君は僕の親友でもあり、同じく東京の大手電機会社に就職していた。
久しぶりに参加すると、そこに田代直美も来ていた。すっかりOLが板について、見違えるように洗練された女性になっていた。
そのころの僕もすっかりスーツが身についた社会人になっていた。また、合コンなどにも参加できるほど仕事にも生活にも徐々に余裕ができていた。でも特定の彼女がいる訳ではなかった。
僕と直美はそこで再会したのがきっかけとなって、また時々会って、まあ、いうなれば社会生活の情報交換をするようになった。時々一緒に食事をしたり、イベントに行ったりしたが、このときもお互いに付き合ってほしいとか言うことはなかった。まあ、学生時代から長く付き合っている友人のままで、男女の関係にもならなかった。
お互いに好意を持っていることは薄々感じていたが、彼女でなければならないとか、運命の人だとかの思いはなかった。でもいつの間にか会わなくなるということもない関係が続いていた。
安全パイをキープしておいて、良い相手が見つからなければ、最終的には結婚もありかな、というような気持ちがあったのかもしれない。彼女もそう思っていたのかもしれない。ただ、お互いに優柔不断だっただけかもしれない。
就職してから5年ほど経っていたと思う。その時まで付かず離れずという怠惰な関係は続いていた。互いに仕事も忙しくて、会う間隔もせいぜい3か月に1回とかになっていた。
誘いもどちらかが一方的ということもなく、どちらかが暇なときに誘うという感じだったように思う。都合がつかなければ断ることもあったが、そういう場合はこちらからその後に誘うようにしていたように思う。
「私、お見合いをしようと思っているの」
久しぶりに会ったときに、直美が唐突に話し出した。
「仕事にでも行き詰ったのか? それとも本当に結婚したくなったのか?」
「どっちもありかな?」
「それなら、会ってみるだけ、会ってみれば」
僕は軽い気持ちで答えてしまった。今でもそれを後悔している。「それなら、会ってみるだけ、会ってみれば」に「僕より良い人ならば、考えてもいいんじゃないか」と軽く付け加えておいたならば、状況は変わっていたかもしれない。
いや、あのとき「お見合いは止めて、僕と結婚する?」と言えば良かったに違いない。でも、その言葉が僕の口から出ることはなかった。思いつかなかったからだ。
彼女はそういう僕のそっけない態度に失望したのかもしれない。それとも本当に会って、彼と僕を比較したのかもしれない。そこのところは分からない。その日が二人で会った最後の日となった。
しばらく音信不通になっていた。仕事が忙しかったのといままでそういうこともあったので特段気にもならなかった。それでわざわざ誘うこともしなかった。
7か月後に結婚したとの挨拶状が手元に届いた。僕は驚いて何度も何度もその挨拶状を読み返した。そのとき、大事なものを失ってしまったと体中から力が抜けたのを覚えている。あのとき声をかけていればと後悔したこともあった。
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