走馬灯映画館
鉄 百合 (くろがね ゆり)
第1話 走馬灯映画館
んんんん????
ここはどこだろう。
私は、眼をこすりながら起き上がった。
足元は、鏡のように凪いだ水面が無限に広がる地面。見上げた空は、青白い星がきらきら輝く群青色の青空。幻想的で、現実では絶対あり得ない、月も太陽もない景色が広がっている。
どこまでも、どこまでも。地平線の果てにもきっと、なにもないんだろうと思わせるくらい、透き通った空気だけで満ちている。夜の海の上にいるような心地がする。
そんな場所に、私はたった一人で立っていた。
不思議。私は寝ていたはず。病院のベッドの上で、たくさんのチューブと針と機械につながれ、囲まれて。酸素が満ちた、細菌もウイルスもいない、真っ白い部屋で。寝ているだけで苦しくて、息が上がってしまう。そんな私を、ガラス越しに家族が見つめている。覚えているのは、そんなことばっかり。
ある日はお父さんが、つらそうに眼の下にくまを作った顔で私を見ていた。ある日はお母さんが、泣きながらガラスに縋りついていた。行ったこともない学校の同級生から、たくさんの手紙が届いた。
ぜんぶぜんぶ、あたたかいのに痛かった。
だって私は知っている。生まれた時から、「あと一か月生きられるかどうか」と言われ続けてきたことも。お医者さんは、もう私の治療をあきらめて、私の世にも奇妙なこの病を研究し、観察していることも。
そこまで考えて、私は首を左右に振る。こんなこと考えていたって仕方がない。
それよりも、目の前にあるこの建物はなんだろうか。
そう、私が目覚めた時から、何もない世界には一つだけ建物があった。ガラスのような、水晶のような、透明度が高いのに不思議と向こう側は透けない、不思議な建材でできた建物が。
その建物は、小さな東屋みたいな形をしていた。天井がドーム型になっていて、壁はなく吹き抜けで、十二本の柱が、屋根を支えている。丸い滑らかな円柱の柱には、複雑な彫刻が美しい均衡を保って彫られていて、思わずため息をつきたくなるくらい綺麗な建物だった。
その建物の少し前の水面に、黒も溶かし込めそうなほど深い藍色のインクが垂れている。そのインクは、「走馬灯映画館」という美しい字を描いていた。
「走馬灯映画館」、聞いたこともない。名前から察するに、何かを上映する場所である映画館なのだろう。そして上映するのは、映画ではなくて「走馬灯」ということか。そんな考察をして、私は「走馬灯映画館」に入った。
とたん、不思議と明るく晴れていた星空に、夜のとばりが降りる。
ぶーっと、ブザーの音が鳴り響く。
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