花と蝶と蜘蛛と芋虫と

鉄 百合 (くろがね ゆり)

第1話 私は、花だ。

「麗しきお嬢さん、私と一曲いかがです?」


「こんな地位もない優男風情ではなく、この私と、いかがでしょう。」


「マドモアゼル、異国の一夜はどうでしょうか?」


いやいや出席した、華やかできらびやかで大規模な夜会。豪華さを誇張するシャンデリアに、いたるところで輝く磨かれたワイングラス。着飾った紳士淑女が身に着けたアクセサリーと香水で、頭がずきずきと痛む。


それでも私は、笑顔を崩さない。それが私の、ちっぽけな矜持だから。どれだけの苦痛を味わっても、どれだけ不快に思っても。「誰もが美しいと讃える私」を人前では決して崩さない。


「優しき紳士の方々、お誘いをどうもありがとう。けれど私は、もう少しここで皆様の踊りを眺めていたいのです。どのお方もすごくお上手で素晴らしいですわ。それにこんな辺境令嬢では、皆様の相手は務まりませんもの。こんな返事でも、どうか赦してくださいませんか?」


「いいえ!誘い文句を聞いてくれただけでも、優しいと言うものですから。」


「誘いを断られても、致し方ないこと。決定権は貴女にあるのだから。」


「マドモアゼルが気にすることなどございません。」


私に群がっていた男たちは口々にそう言うと、残念そうに肩を落として帰っていった。ああ、なんて身勝手で気持ち悪い!顔にこそ出さないけれど、嫌悪感で吐き気がしそう。どうせどんな人も、私のこの外見目当て。意地っ張りで強がりな私の内面を知っているのは、乳母と母と父くらいだもの。


「あら、あの人また断ったわよ。」


「男たちも飽きないわね、あんな見た目だけの女なのに。どうせ地方から出てきた、顔だけの底辺令嬢の癖に。」


「まあ皆さん、そんなことを言っては、高位貴族の名が廃ると言うもの。それに昔から言うではありませんか、『美人は三日で飽きる』ってね。ふふ。」


「あら、お上手ですわ。」


私が夜会が嫌いなのは、好きでもない男に言い寄られるだけでは済まないから。こうやって、私より位の高い貴族の令嬢たちが私を睨んで陰口を言うから。もう慣れてしまったけれど、気分がいいものでもない。いくら扇子で隠しても、化粧でごまかしても、宝石だらけのドレスで着飾っても、下劣さがにじみ出ていてあまりに醜い。別に顔立ちが特別醜いわけでもないのに、その内面が醜いから私に嫉妬する。


ずっと壁の花に徹していると、不意に足がずきりと痛んだ。なれない高いヒールのせいで、足が攣ってしまったみたいだ。こんな窮屈なコルセットもドレスも靴も脱いで楽になりたい、そう思いながら、こっそりダンスホールから逃げだした。


中庭には見事な薔薇園と、美しい意匠が施された大きな噴水があった。どうせもう今日は踊る気がない。ドレスも気にせず、噴水のふちに座ってヒールを脱ぎ捨てる。ドレスのスカートの上から、痛む足をさすってなだめていく。


「そこにいるのは誰だ!?」


低くて威圧感のある、男性の声。慌てて振り向くと、白い礼服に身を包んだ美しい青年が私を睨みつけていた。誰かいるなんて思っていなかった。しくじった。


私はあわててヒールをはいて、すっと姿勢を正して青年に向き直る。青年は、月明かりしかない薄暗いこの場所でもわかるほど、美しい精悍な顔立ちをしている。キラキラと輝く、月光のようなシルバーの髪はさらさらと夜風になびいていた。


「失礼した、招待客のご令嬢か。こんな庭で何をしていた?」


「驚かせてしまい申し訳ありません。お恥ずかしい話ですが、足を痛めてしまいまして。踊ることもできそうになく、会場から抜け出してここで休んでいたのです。」


「そうか。建物内の空き部屋を手配することは考えなかったのか?」


「ええ。私は、この会場にいるのも不思議なほど地位が低いのです。ですから、地位に見合わない待遇を望むつもりはありません。」


「ふむ、そうか。つまり、身分にあった待遇であれば受け取ると言うことだな?」


「?ええ。でもこんな目上の方ばかりのところで、私が受けられるものなど無…」


「そんな冷たい所にいても、足はよくならないだろう。ああ、話している間もたたせてしまったな。その靴、履くところを見ていたが、歩くのも大変では?」


「いえ、結構ですわ。私など気にかけず、どうか夜会を楽しんでくださいませ。あなたほどの美貌であれば、踊りたいご令嬢はたくさんいるでしょう。」


「ほう?お前は私とは踊りたくないと?」


「いえ、私は本来、この夜会にはいられないほど身分が低いのです。辺境出身ゆえに貴方のことは存じ上げませんが、私のお相手をしていい方ではないでしょう。」


「ふふふ、そうかそうか。お前、気に入った。私と来い。部屋を手配してやる。」


「えっ?で、でも貴方は…」


「私もこの夜会は退屈でな。この見た目と地位に寄ってくる蛾のような女ばかりで飽き飽きしていたんだ。だがお前は……ふふ、いいから来い。」


「は、はい……っ!」


私は差し出されたエスコートの腕をとろうとして、足の痛みによろめいた。ずきりと強い痛みが走り、思わず体が斜めに傾く。


「っと、危なっかしいやつだな。歩くこともままならないのに立っていたのか?この意地っ張りめ。しかしこれでは移動が手間だな…。よし、ちゃんと摑まっていろ。」


「!?お、下ろしてくださいませ!」


「はは、暴れると落ちるぞ?腰も痛めたくなければ、大人しくしておけ。安心しろ、これでも鍛えているからな、暴れなければ落とさない。」


「わ、かり、ました……」


とっさに私の躰を支えてくれた青年が、そのまま私を姫抱きにしてすたすたと歩き出す。あまりのことに、私はじたばたと暴れたけれど、軽くいなされてしまった。完璧な令嬢の仮面を取り繕うことも忘れて、私は顔を真っ赤にしながら青年の腕に抱かれて運ばれるしかなかった。


「おい、そこの従者。こちらの方が足を痛めてしまった。至急プライベートルームか客室を用意しろ。俺もそこに泊まるから、軽食も頼む。」


「かしこまりました。では、すでに手配が済んでいる部屋がありますのでこちらへどうぞ。軽食はシェフに作らせ次第お持ちいたします。」


バトラーの黒服が恭しく頭を下げ、美しく伸びた背筋で私たちを先導してくれる。


私は謎の美しい青年に連れられて、豪華な扉をくぐってしまった。




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