とんでもない自販機
かとうすすむ
第1話 本文
と或る寒空の夜である。
ポケットに手を突っ込んで、ひとりの、おっちゃんが畑の道を歩いていた。もうすぐだ。
それは、広い国道に出る畑道の角にあった。
自販機である。一台の飲み物の自販機が道の角で、寂しげに立っている。おっちゃんは、その自販機の前へ来ると、慌ただしげに、ポケットの小銭をじゃらじゃら言わせて、小銭をすべて取り出して、自販機の硬貨挿入口へ投下していく。カチャン、カチャンという音が何とも心地よく、辺りの静けさを破るような気がした。
そして、最後の硬貨を入れ終わってから、おっちゃんはとんでもないことに気づいた。足りないのだ。10円足りない。おっちゃんの好きなブラックの缶コーヒーを購入するには10円足りなかった。
「こりゃ、弱ったなあ、どうするかな、あきらめて帰るしかないか?」
しばらく、おっちゃんは悩んでいた。その時である。突然に、目の前の自販機が、声を上げて喋り出した。
「ええ、どうしたね?どうやら、困っていなさるようだが、コーヒーは飲まねえのかい?」
「10円足りないんだよ、10円」
おっちゃんは自販機が喋り出して、驚きはしたが、コーヒーが飲めないショックも大きいものであった。すると、自販機が声を落として囁いた。
「どうやら、お前さん、深い事情でもおありじゃないのかい?俺の見たところだが」
「大有りさ。昨日は、女房に愛想つかされて実家に帰られるわ、今日は風邪引いて、会社は行けないわで、踏んだり蹴ったりだよ。せめて、こんな晩だ。缶コーヒーの1本でも飲みたくなってよう‥‥‥‥」
「そういうことか。そいつは気の毒だな。ならば、俺も男としてお前の気持ちは分かる。これでも飲みな」
そういうと、自販機の取り出し口でガチャンと音が鳴って、一本の缶コーヒーが出てきた。
「それから、こいつだ」
また音が鳴る。中から、スルメのおつまみが袋で出てきた。
「それでも飲んで喰って、うさを晴らしてみろよ、きっと、大したことないさ」
「こいつはありがてえ、恩に着るよ」おっちゃんは、自販機にもたれてしゃがみこみ、思う存分にコーヒーとスルメを堪能して満足した。
夜空は、いたるところが、星空で綺麗な夜であった。
「俺も、お前も似た者だよな。居ても、いなくてもいいような、端くれものだ。辛いよな、本当」
すると、自販機が、突然に、笑い出した。おっちゃんが不思議がっていると、自販機が言った。
「そうでもないんだぜ。俺の収益効果。俺のこんな性分が仇をなしたのか、俺のリピーターが続出でね。俺の善行に喜んで、度々買ってくれるお客さんが増えて困ってるんだ。ほら、お前さんの後ろを見てごらんよ」
おっちゃんが振り向くと、彼の後ろに、数人の人たちが行列をつくって順番を待っている。これには驚かされた。
「そういうことか」
と、おっちゃんは言った。
「ならば、おれも商売の邪魔は出来ないな。どうもありがとよ。また来るから」
おっちゃんは、そう言い残して、もと来た畑道から家路を急ぐのであった‥‥‥‥‥‥。
とんでもない自販機 かとうすすむ @susumukato
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。とんでもない自販機の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます