第6話 高級そうな物干し竿

昼間はOLをしている末次さんが、19時過ぎに到着した。

鉄郎爺さんが引退するので、急遽採用したのだが、雰囲気が、多分、訳有。


でも只の訳有OLではない。

飲食店を襲ったパンデミック以前は、ホテルの鉄板焼き屋で、働いていたのだ。


入って来るなり手を掴まれ、厨房の控室に引っ張られた。

店側から見えない場所に来ると、ギュッと抱きしめられた。

恋や熱愛している雰囲気じゃない。

末次さんが精神的に参ったのだろう。


「いい男に抱き着くと、社会に圧迫された自我を解放出来る気がするよ」

「ぼくがいい男かどうかは・・・」

「女の自我を解放できる男は、いい男だよ」


1分に満たない時間が経過して、末次さんは静かに離れ、

「ふぅぅぅぅ、天才鉄板焼き師の復活!」


自分で言うだけの事はある。

末次さんは天才的で芸術的な鉄板焼き師だ。

そしてぼくの師匠でもある。


ホテルの鉄板焼き屋レベルの人が、通常こんな店で働いてくれる事はない。

ぼくと末次さんと開始のハイタッチをして、夜の部が始まった。


鉄板焼きで料理している末次さんのカッコいい仕草を見ていると、惚れてしまう。

ひとつひとつの動きが、洗練されていて美しいのだ。


ぼくは末次さんの隣の鉄板で、玉ねぎを焼いた。

末次さんのように洗練されてはいないが、今夜は上出来だ。


1グループの客が食事を終え、鉄板を拭いていると、見覚えのある少女が視線に入ってきた。


演劇部の部長じゃねーっか!


部長は、家族と一緒に来やがったのだ。


少し微笑みながら演劇部の部長は席に座ると、夕方の対ガキ仕様じゃないぼくを、興味深そうに眺めていた。


やりずらい!


それでもぼくは、鉄板焼きで伊勢海老をカッコよくさばき、演劇部部長とその家族を満足させた。

嫌な緊張感が出てしまったが。


帰り際、演劇部長は、囁いた。

「ファントム♪冒険者してんじゃん」

「してないし」


そして静かに店じまいをすると、深呼吸をした。

良い仕事をした。


「末次さん、お疲れ?」

「仕事で色々あった上に、その前の日、夜釣りをしてて、あんまり寝てないの」

「夜釣りをまたなんで?」

「大雨の影響で鰻が大量に釣れるって、SMNで話してたら、なんか盛り上がっていっぱい集まっちゃって、大勢で夜釣りをしてしまった訳よ」


SMNって何だろう?ちょっとSっ気のある末次さんなだけで・・・まあいい。


「それで釣れたんですか?」

「まあね。それなりに、わたし鰻をさばけるから後で分けてあげるね」

「えっマジですか!ありがとうございます」

「じゃあまた明日ね」




つづく






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