第3話 初日

環琉ちゃんが始めて来た日に、爺さんは勝手に引退を宣言した。


って事は、このままここに居続けると、後継者になってしまう!?

早めに新しいバイトを見つけて、撤退しなくては。


しかし、鉄板焼きって楽しいのよね~

客の前で、料理する。それもカッコよく。


なんだろう、なんだろう、なんだろう。

より美味しくしなくちゃって思うんだよね。

カッコつけてんのに、不味かったら、逆にカッコ悪いからね。


等々考えながらも、ぼくは開店の準備を始めた。


2階で何か音がした後、階段を降りる音がした。

きっと環琉ちゃんだ。


空き部屋だった2階に、昨日から、鉄郎爺さんの孫娘の環琉ちゃんがが住んでいる。

ぼくが近くのアパートに住んでいるとは言え、深夜とか早朝とかは、この建物に2人っきりだ。


赤の他人の男女が2人、同じ建物内に!

そして店舗の1階から2階へは、鍵のかかるドア何てないのだ!

鉄郎爺さんの孫娘は、無防備な状態を晒しているのだ!


信頼されているのか?

ぼくは信頼に値する存在か?

自分ではそうは思えない。


まだ完全に起きてはいなさそうな環琉ちゃんは、当然のように鉄板のカウンター席に座った。パジャマのボタンを掛け違えていて、その隙間から肌が見えていた。


あれ?どこかで見た事がある。

この甘みの全くない顔立ちは。


「おはようございます」

とりあえずぼくは声を掛けた。


返事はない。

そして寝ぼけた環琉ちゃんと視線を交わした。


じーと・・・


目がくりくりしてて、可愛らしい。

まだぼーとしている環琉ちゃんが目を逸らす気配がないので、ぼくの方から目を逸らした。


この流れだと、朝ごはんを作れって事かな?


まあ、いいや。


炊飯ジャーのスイッチが勝手についていたから、ご飯はあるのだろう。

ぼくは卵を割り、ちりめん雑魚と一緒に炒め、アンデスの岩塩を適量振りかけた。


料理下手な鉄郎爺さんが好きなメニューだ。

この程度でも、鉄郎爺さんは不味くしてしまう。

ある意味天才だ。


出来上がった炒り卵を皿に乗せた。

寝ぼけたままの環琉ちゃんの、頬が少し緩んだ。

環琉ちゃんは、炒り卵をご飯の上に乗せた。


食べ終わるとエネルギーの充電が完了したのか、目に生気が籠った。

「うん」

とだけ頷くと環琉ちゃんは、2階に上がっていた。


「なんだよ」

ぼくは1人呟いた。

まだ、ぼくに対する好感度は低そうだ。


そしてぼくも溜息をついた。


数分後、着替えた環琉ちゃんは、2階から降りてきて、ぼくには何も告げず、きっと女子大へと登校した。


その後ろ姿に

「いってらっしゃい」

と声を掛けた・・・・が、


えっ!


ぼくは慌てて、環琉ちゃんを引き留めた。

環琉ちゃんは「何?!」と睨んだが。


「シャツ、多分逆」

ぼくの言葉に、環琉ちゃんは逆に着ていたシャツを確認した。

環琉ちゃんは、急いで二階に掛けて行った。


天然か?



つづく


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