5話 ドレッサージュ大会


 良き晴天にめぐまれたこの日、学園では毎年こうれいの大会がかいさいされる。馬を美しく運動させることをきそう、ドレッサージュ大会だ。

 馬のあつかいに自信がある学園の生徒はみな選手として出場できるが、しんたしなみである乗馬となれば、だれが強制しなくとも、令息たちは全員参加が基本となっている。

 れいじょう達は、ちらほらという程度の参加率で、私も観客にてっするつもりだ。


「さあ、これでいい。男前じゃないか」


 開催時間前のあわただしい会場で、父がそう声をかけた相手はシライヤだ。

 だんは顔をかくすように垂らされている彼のまえがみだが、父が持参したせいはつ料で片耳にかみをかけるように整えられたことで、れいな顔がよく見えるようになった。父が言うように、とても男前だ。いつか私がシライヤの髪を整える時の参考にしよう。


「ありがとうございます……」


 ほおを染めて、父へお礼の言葉を言うシライヤ。今日は彼の可愛かわいい照れ顔を、じっくり観察できる。


「私達は、保護者席から見守っているよ」

がんってね、おうえんしているわ」


 父ととなりひかえていた母が言い、二人はいながら保護者席へ向かった。


「こんなに良くしてもらって、申し訳ない気がする」

「未来の家族を、大事にしたいだけですよ。申し訳ないなんて、思わないでください」

「未来の、家族……」


 シライヤはさらに頰を赤く染めて、うれしそうに言葉をかえした。

 彼が私達の家族になることを受け入れてくれて、本当に嬉しい。実感するほどに、勝手に幸せなみがれていく。

 おたがいにほほみを向け合い、おだやかな幸福を味わっている時に、じゃ者の声が割って入ってくる。


「おい、出場しないやつは、とっとと観客席へ行けよ」


 いやな笑いを見せながら言ってきたのは、ピエールだ。シライヤのはくりょくに悲鳴をあげてげた彼だが、今日は後ろに友人達を従えているからか強気に出ている。

 観客席へ行けと言われたのは、私ではなく、シライヤだ。ピエール達は、シライヤが出場しないものと決めつけて話を続ける。


「自分の馬も持てないような男じゃ、乗り方もわかんねーもんな」

「馬にも乗れないって、貴族の男としてありえないだろ」

「去年も、女どもと同じ席で、みじめに座ってるだけだったもんな」


 口々にシライヤをおとしめる発言をするかれに、いかりがふつふつとく。

 去年、私とシライヤは一年生。

 初めての大会を、シライヤがどう過ごしていたのか覚えていないが、エディのこんやくしゃとしてサポートをしていたおくを思い出す限り、確かにシライヤの出場はなかったと思う。

 それどころか、数日前に我が家で乗馬を覚えたばかりの彼だ。学園の馬を借りることができたとしても、出場は無理だったのだろう。

 何か言い返そうかとも考えたが、それよりももっと彼等をたたきのめすいい方法があった。


「連れてきてくれてありがとう。こちらですわ」


 ピエール達の後方から、学園のきゅういんがノアを連れてやって来るのが見え、少しわざとらしいくらいの大声で呼び寄せる。

 シライヤのところへ来るとげん良く鼻を鳴らすノアは、でて欲しそうに頭をシライヤへ押しつけた。


「ノア、今日はよろしくな」


 望まれるままひとしきり撫でてやった後、シライヤはまるで手慣れているようにさっ|爽《そう

》とノアにまたがる。太陽に照らされたぎんぱつかがやいて、その姿はしく美しかった。


「シライヤ、こちらのリボンを」


 言いながら、上質なで作られた赤いリボンを差し出した。

 いつからあるのか解らないが、女子生徒がおもいを寄せる相手へ勝利を願うリボンをわたすという伝統が長く続けられている。

 たいていの場合婚約者へわたすのだが、人気のある男子生徒は、取り巻きの女子生徒達から何本も貰うことがある。去年のエディも、私のリボンがもれるくらい貰っていた。


「シライヤ様! リボンをおわたしにまいりましたわ!」

「シライヤ様~! この日のために、高級な糸でリボンを織らせましたの!」


 あの日シライヤのがおを真正面から見た、エディの取り巻きだった女子生徒達がけ寄ってきて、自分の色を表したリボンを私の横からシライヤへ差し出した。そういえば、会場にエディの姿がない。だから代わりにと、シライヤのところへ来たのだろうか。

 エディなら全てのリボンを受け取るだろう。だが。


「シンシア、ありがとう。貴女あなたの為に賞をねらうよ」


 シライヤは私の赤いリボンだけを受け取り、手首に巻き付けた。


「はい。勝利をいのっております」


 やわらかく微笑んでうなずいたシライヤは、やたらやる気のあるノアと共に選手待機スペースへと向かって行った。


「ではみなさま、ご健闘をお祈りいたしますわ」


 言葉は悪意のないものだが、悪役れいじょうの笑みを不敵に向けて言えば、たんにそれぞれくやしさを感じて、顔をゆがめている。

 彼等を負かすのに、多くの言葉は必要ない。



*****



 競技の広場には、ひもつながれたポールが並べられていく。

 学園のドレッサージュ大会は、通常のものとは少し異なる大会だというので有名だ。

 つうのドレッサージュは、さくで囲われた広い競技場で行うのだが、ここではポールが障害物のように多く並ぶ。

 なんでも、かつて行われていたジャンピング(障害物をえる競技)のなごりであ

るらしい。

 ジャンピングが中止された原因は、落馬によって貴族のにんを多く出してしまったことだ。その為、かくてき安全であるドレッサージュだけが残ったのだが、ある程度の障害物をけられるうでまえも紳士には必要であるとして、このようにポールが多く並ぶことになった。

 結果的に通常のドレッサージュよりも難易度がかなり高くなった為、この大会で賞を取ると、貴族平民共に輝かしい功績となる。

 他国からこの時期だけの留学生がおとずれて、大会に参加する程の名高いもよおしだ。

 程なくして競技場の準備が整うと、しん席には特別審査員として王太子殿でんが着いた。

 王族に対するひいなしの加点というのも存外難しく、こういった大会の時は、特別審査員として在学中の王族が呼ばれるのだ。

 シライヤが王太子の覚えもめでたくなれば、今後の貴族社会でも少し生きやすくなる。


「頑張って、シライヤ、ノア」


 生徒観客席に着き、祈るようにシライヤ達へ応援の言葉をつぶやいた。




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