27 旋風
為す術もなかったノエルだったが、一つだけ打開策を思いついた。
この大嵐を抜け出し、晴らす方法を。
(物は試しだな)
そう、実際に出来るのかなんて分からない。でもやる以外に方法はないのだ。
ノエルはまず、指先に魔力を集中させる。ゆっくり、じわじわと体を巡るエネルギーに、意識を向ける。
――そして、放出。
ノエルは両手を前に突き出すと、溜まったエネルギーを一気に放出した。
それは真っ赤な炎となって、ぶわっと吹き上がる。この炎は風で煽られて、どんどんと成長していく。
やがて少し大きくなった炎は、渦に巻き込まれる。ぐるぐるとノエルの周囲を渦巻く炎は、指数関数的に成長する。
もはや爆発。まばゆい光を放ちながら、ただの渦は火災旋風へと成り代わっていた。辺りを包み込んで視界を奪っていた煙は、もはやこの炎の熱の前には無力。
近づけないほどに巨大になった炎は、まるで竜のように巨大な渦を巻きながら立ち上り、空高くまで辿り着いていた。
「ノエル様、一体何を……」
自身の発した風の渦が炎で燃え盛ってしまい、アンヌは困惑する。
わけが分からなくなり、アンヌは発動していた風魔法を解除する。嵐はみるみるうちに収まり、風も弱くなったところで炎の高さも落ち着いてきた。
そしてやがて炎が消えたところで、アンヌはその渦の合った場所に向かい合う。
――だが、いない。
開けた視界には、ただ焦げた地面が見えるだけ。ノエルはどこかに消えていた。
(しまった、後ろですか……!)
その意図に気づいたときには、アンヌはもう手遅れだった。既にもうノエルがそこまで迫っていたからだ。
――瞬間移動を用いて炎の渦から抜け出したノエルは、アンヌの背中を取ることができていた。
渦そのものが持つ巨大な魔力の気配と、それ自身が発する音や光で、ノエルは自身の存在を隠したのだ。だから瞬間移動を使っても、その位置を悟られることがなかった。
ノエルは再びナイフを手に、アンヌの急所を捉えていた。この距離では、瞬間移動で逃げられることもないだろう。
大きく振りかぶった刃が、首に到達しやんとするとき。
「――なんだ!?」
唐突に、右手が爆ぜた。
直視できないほどの鋭く眩しい光が、激しい衝撃を発しながらノエルとアンヌを襲う。それはまるで、太陽が一瞬だけ手元で発生したかのようだった。
吹き飛ばされる二人。大きくバランスを崩したノエルは、そのまま地面につき、ごろごろと転がる。
まずい、起きなければ!
そう思い、片手を地面に突こうとした時、
「わ、私の勝ちです、ノエル様……!」
眼前には、手を掲げるアンヌ。
その手の平からは、膨大な魔力の気配が漏れていた。攻撃魔法をノエルに向けているのだ。実際には殺気はなかったが、もし実戦ならばノエルは撃ち抜かれていただろう。
「そうだな、参った」
ノエルは両手を掲げ、降参であることを示した。
◇
「これが、ノエル様の敗因ですね。魔石が耐えられずに爆発したようですね」
「そんなことがあるのか?」
ナイフを振るおうとした瞬間。まばゆい光を放ち爆発が起きた原因は、実はダリルからの餞別として貰ったこのナイフだった。
ノエルがそれを手にとってまじまじ観察すると、確かに鍔から石が無くなっていた。先程までは、中央に空いた穴の部分にカッチリと埋め込まれていたはずだ。
「さしずめ、ノエル様と私の魔力に耐えられなくなったのでしょうね」
「あんなに小さい石が、あれほどの爆発を引き起こすのか?」
「ええ、魔力の塊ですからね」
ナイフ自体は壊れておらず、穴の一部分が欠けてしまっただけであった。
もちろんこのままでも、ナイフとしては十分使い続けることはできるだろうが。
「その魔石は、おそらく武器自体の耐久性と切れ味を強化するために用いられていました。……ほら、ここに術式が刻まれています」
「新たな魔石を用意すれば、再び使用できるようになるのか?」
「可能だと思いますが……それよりも」
アンヌは、ナイフをノエルから受け取り、手の平に載せるようにして見せた。
「戦うときだけ、自分で術を付与すれば良いのです」
そう言うと、アンヌは魔力をナイフに集めた。今までは魔石だけが光っていたのが、今回はナイフ全体が淡く光り輝きはじめた。
「見ててください」
「おい、それは石じゃ……」
アンヌは徐ろにナイフを握ると、それを天高く振り上げ、その辺りに転がっていた石に振り下ろした。
困惑した様子のノエルをよそに、ナイフは石に直撃。直後「ガキン」という金属が接触する音が響いた。
だが、音だけは激しかった一方、切られた石はスパンと両断されていた。バターをカットしたかのように、滑らかな断面がぱかっと開く。
「凄いでしょう、ノエル様。これは身体強化の応用ですので、あらゆる武器に用いることができるのが強みです」
胸を張って解説するアンヌに対し、むずむずしたようなノエルは少し小さな声で尋ねた。
「アンヌ……使い方を教えてくれないか」
「もちろん、構いませんよ」
アンヌは、彼の様子を興味深そうに見ていた。
もちろんノエルは、自身の体を取り戻し、レオノーラを打倒することを目標としているが、一方で魔術を学ぶことに悦びを覚えているのは事実だった。
自分を高めることの楽しさを隠しきれていないノエルに、アンヌはほほえみながら、新たな魔術を仕込むのだった。
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