出涸らし
勿忘
第1話
カヨちゃん家に行くと決まってレモンティーを出してくれた。小さなお家は中に入ると外観よりも何故か広く感じる。カヨちゃんの纏っている優しい雰囲気が居心地の良さを誘発させているのだろうか。
二十歳半ばのカヨちゃんは姉が欲しかった小学五年生の子供の私にもいつも優しくしてくれる。
「今日はどうしたの?」
カヨちゃんはティーカップをそっとテーブルに置くと向かいの一人がけのソファーにゆっくりと腰を下ろした。
「なんか心がざわざわして……この天気のせいかな」
「最近ずっと曇りか雨だもんね、ほら、熱いうちにどうぞ」
窓の外の曇り空を睨んで、すぐにまたカヨちゃんはいつもの女神さまみたいに微笑んだ。
「今日は雨、降ってないね。外、気持ちよさそうだね」
「確かに。でも曇りだからなんだか外に出る気分にもならないや」
「でもさ、体動かしてみるのもいいんじゃない?」
ぎこちなく笑うカヨちゃんは外に出たがっている、気がした。
「えー、ここに来るのに三十分歩いたもん」
私は外に出るのが面倒臭くて、ソファにもたれかかった。その姿を見てカヨちゃんは少し語気を強めた。
「いつも、根本的な解決をしないでお茶飲んでるだけじゃないの」
静かだけど、笑ってるけど、声は怒りに満ちている。
「そんな言い方……今日のカヨちゃん変だよ! いつものカヨちゃんじゃない!」
私はせっかく注いでもらったレモンティーを一気に飲み干して、家を飛び出した。口の中は甘くて、すっきりとした柑橘の香りが広がっているのに、気持ちは全然晴れなかった。
帰ったらお母さんに言いつけてやる。一人娘の私のお願いはいつも聞いてくれるんだから。きっと「それは優しくないカヨちゃんが悪いわね。そろそろ変えないとね」そう言ってくれるはずだ。
もう行くもんか、そう思っていたのに三日経てばまた私はカヨちゃん家の前に立っていた。カッとなって怒ったことを謝ってまたお茶を飲んでまったり過ごそうと、手土産に駅前のクッキーを買ってきた。
チャイムに手を伸ばした時、先に玄関の扉が開いた。
「いらっしゃい。この間はごめんね」
「ううん。私こそひどいこと言ってごめん。これ、クッキー買ってきたから一緒に食べよ?」
「ふふ。いいのに。ありがとう。今紅茶淹れるね」
よかった。いつも通りの優しいお姉ちゃん。顔も年齢も違うけど、これでカヨちゃんが新しいカヨちゃんになるのは五回目だけど、優しいカヨちゃんが一番好きだから大丈夫。
私は淹れてくれたレモンティーを今度こそ熱いうちに、ゆっくりと啜った。
出涸らし 勿忘 @soranoaosa
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