第16話 サクラ誘拐

 翌日、畑の周囲をぐるりと囲う柵が完成した。

 ほっとした表情の村人たちが微笑みあっている。


「みなさん、お疲れ様でした」


 作業中に怪我をした人や疲れ果てて具合が悪くなった人に、サクラが魔力を譲渡して回っている。

 マイティが巨体を縮こめるようにして、サクラを気遣った。


「おい、嬢ちゃん。あんまり無理するなよ」

「大丈夫ですよ。皆さんこそお疲れ様でした」


 ピーターとアキノは、作業を通してすっかり村人から信用を得たようで、あれこれと振る舞われている。


「今度の収穫期には手伝いに来てくれよ」

「ああ、それがいい。祭りにも参加してくれよなあ」

「手伝い屋なんて、おもしれぇこと考える。さすがはトワノライトの人だ」

「ははは、手際がいいのは娘のおかげですし、罠のアイデアもユウキ殿のものですからね」

「そうよ。こんなに魔獣に的確に対処できるなんて、狩人でもなかなかいないわ……あいつら、腕っ節ばっかり鼻にかけるし」


 アキノの言葉に、村人たちがどっと湧いた。

 どうやら、腕っ節を鼻にかける魔獣狩りというのは「あるある」のようだ。

 寡黙なルーシーは例外的な性格だったのかもしれない。


(んー、色んな人に協力してもらえば、子どもじゃできないようなことも達成できるんだな)


 完成した柵を眺めて、ユウキはひとつメモをした。

 この世界のオトナとして生きていくには、やはりルーシーやマイティのように魔獣とタイマンを張ることができないといけない──そう思い込んでいたけれど、他の道もあるかもしれない。


(なんか、魔力とかは人より多いみたいだし、なんとかなりそうだな)


 大きな仕事を終えて、少し自信がついてきた。


「わん!」

「ポチ! パトロールごくろうさ、ま……うわ」

「わっふ、わふ!」

「あ、ありがと」


 やたらと大きな骨を咥えて帰ってきたポチである。

 おそらく美味しくいただかれてしまった、昨日のアカキバボアだろう。

 骨を受け取って、畑の片隅に埋めておく。

 なむ……とそっと手を合わせた。この世は弱肉強食である。

 とりあえず村人たちが弱肉側に回らないように、手尽くした。

 アカキバボアの駆除は、あとからやってくる英雄グラナダスと肩を並べた程の腕前だという狩人に任せよう。


「よう、坊主」

「まいてぃさん」


 村人の輪から抜け出してきたマイティが、ユウキを抱き上げて肩に担ぐ。


「うわわっ!?」

「……あのとき、坊主が俺を止めてくれなきゃ、今頃こうしてなかった」


 背の高いマイティの肩に腰掛けていると、いつもよりずっと見晴らしがいい。


「ありがとな。気味の悪いガキだと思ってたが、坊主は俺の恩人だ」

「どういたしまして」


 顔は怖いが、本質的には嫌な人ではないことはわかった。

 これからは悪いことに手を染めないでほしいけれど。


「ところで……あいつら、どこ行ったか知らねぇか?」

「え?」


 マイティが探しているのは三人組の他二人だろう。

 わいわいとお祭り騒ぎになったトオカ村から、そっと立ち去ろうとする人影があった。アベルだった。

 マイティに知らせると、ユウキを肩に乗せたままで慌てて駆け出した。


「お、おい! アベル! 俺らも一緒に帰るってば」


 スティンキーが馬車に乗り込もうとするアベルを引き留めようとしているが、げしげしと足蹴にされている。


「だーからー、しつこいぞ。もうお前らとは組まない」


 トレードマークのトンガリ帽子がずり落ちそうになって、スティンキーは半べそになっている。


「おい、アベル! どこ行くつもりだよ!」


 追いついたマイティが、スティンキーと同じようにアベルに食ってかかろうとするが、アベルは聞く耳すら持たずに馬車を走らせた。

 ユウキを肩に乗せたまま、マイティは馬車をおいかける。


(うっわわ、すごい揺れる!)


 舌を噛まないように黙っているしかない。

 アベルは追いすがってくる二人を、振り返らない。

 スティンキーが馬車を追いかけながら叫んだ。


「なんでだよぉ、俺たち仲間だろ?」


 アベルは答えない。

 苛立ったマイティが馬車を片手で掴む。バランスが崩れて馬が嘶いた。


「おい、手を離せ」

「いちいち命令すんじゃねーよ! 勝手に追いかけてきて、勝手に村のこと無賃で手伝って、それで勝手に俺たち置いて帰るだぁ? いつも自分勝手に俺たちのこと振り回しやがってよぉ、ゴロツキやってた俺たち拾ったときもそうだったし!」

「そうだよぉ、いつか人殺しになる前にもうすこしマシなゴミになろうって……仲間だと思ってたのに……」

「もう仲間じゃない。お前らには居場所があるだろ」

「え?」

「居場所がある奴は、俺の仲間じゃないよ。帰ってまっとうに暮らせ」


 マイティとスティンキーが顔を見合わせる。

 作業中に村人たちが話しているのを小耳に挟んだのだが、マイティとスティンキーはこの村で育った悪ガキだったそうだ。乱暴者のマイティが子分だったスティンキーを連れて村を飛び出した。

 あいつはいつか人を殺してしまうのでは、と村人たちは眉をひそめていたのだという。それが今回、ふらりと村に戻ってきて、恵まれた体力と手先の器用さを使ってくれたのが、当時を知る人たちにとっては本当に嬉しかったそうだ。


「……マイティ。お前ががゲスなことに手を染めないでよかったよ。あいつ、故郷のこの村で体を動かしてるほうが俺たちといるよりずっと伸び伸びしてる」

「それは……俺もそう思うけどさ!」

「だから、ここでお別れだ。まっとうに生きな」


 アベルが目深に被っていたフードと付け髭を剥がした。

 小柄な男に扮していた姿が、極めて目つきの悪い女に様変わりする。


「……俺はミュゼオン教団を足抜けしたゴロツキだ。今まで男のフリして騙してて悪かった」

「え?」 

「あ?」


 マイティとスティンキーが顔を見合わせる。


「騙してって……男のフリってこと」

「いや、悪いんだが……知ってたぞ」

「えっ!」

「隠してたのか? 髭は、そういう趣味なのかと」

「えええっ!?」


 馬車の上のアベルの顔が真っ赤に染まっていく。

 たすけて、というようにユウキを見つめるアベルであった。


「ぼ、ぼくはきづかなかったです」

「そうか、そ、そうだよな!?」


 ふるふると震えているアベルが、少しだけホッとしたようだった。


「と、とにかくさ。俺はミュゼオンから追われてるんだ。あいつらの陰湿さは舐めちゃいけない……お前らを巻き込みたくないんだよ!」


 アベルがぱし、と鞭打って馬を走らせた。


「あ、おい待てって!」


 どんどん遠ざかっていくアベルの馬車を見送る。

 マイティとスティンキーが肩を落とす。


「まあ、いつかどこかで会えるよな」

「そうだなぁ……だが、アベルがミュゼオンの足抜けだったとはな」


 マイティの声色が暗くなる。

 どうやら、かなり陰湿に追いかけ回されるようだ。


「……それで、見習いから盗もうとしたときにあんなに怒ったのか」

「いやいや、マイティ……そうじゃなくても倒れてる人から追い剥ぎはダメだって」


 どうやら、ミュゼオン教団というのは上納金を納めずに足抜けした人間をどこまでも追いかけていくらしい。

 それだけではない。

 内部での対立が激しく、目の敵にされてしまえば最後、あの手この手で嫌がらせをされるのだという。

 魔力を譲渡する秘術を授けるかわりに、貧しい女子を教団の聖女として養育、養成する……という綺麗事を並べつつ、入団してきたら最後。規律や上納金で締め付けをおこなって、所属している女たち同士を強く対立させている──それがミュゼオン教団のやり方らしい。


「そなんだ……サクラさん、だいじょぶかな」

「いやあ、正直……あんな性格のいい子が教団でやってけるとは思えねえよ」

「だなぁ……とはいえ、上納金の何倍も支払ってやっと教団から独立できるって話だから、普通は無理だよ」


 嫌な話だ。

 一度借金を背負ってしまったら、そこから抜け出すことはほとんど不可能ということなのだから。

 ユウキはサクラの将来を思って暗い気持ちになってしまった。

 たったひとりで村中をサポートしているのだから魔力量については、きっと人一倍すぐれているのだろう。そして、何より優しくて……異様に卑屈なところが鼻についたけれど、それを必死になおそうとしている。


(オトナの社会って、やっぱどこも厳しいよなぁ)


 マイティの肩に乗ったままで、ユウキは溜息をついた。

 ……トオカ村のざわめきに悲鳴が混ざり始めていることに気がついたのは、少しあとのことだ。


 ◆


「ふぅ」


 村人たちの歓迎から離れて、畑の片隅に座り込む。

 ようやく、サクラは一息ついた。

 人間が好きで、誰かの役に立てるのは嬉しい。けれど、やはりたくさんの人に囲まれているのは少しだけ緊張するし、疲れてしまう。

 ぐぅっと伸びをする。

 たった一人で断続的に魔獣に襲われている村に行くように命令されたときには、正直不安でいっぱいだった。

 だが、結果は大成功。

 ……ユウキたちを頼ってよかった。


「あんなにお小さいのに、ユウキ様は……私も頑張らなくちゃ」


 そろそろ村に帰って、魔力の続く限り体の弱っている人たちの治癒をしようとサクラは立ち上がった。

 そのとき。周辺に武装集団がいることに気がついた。

 逆に言えば、そのときまで気がつかずにいたのだ。忍び寄られた。不気味である。サクラは思わず、身を固くした。


「え……? あの?」


 その中心にいたのは、時代錯誤なほどに古い鎧を纏った白髪の男だった。

 魔王時代に流行した、武勲を誇る派手派手しい鎧である。

 サクラはその姿に見覚えがあった。

 傭兵王ブルックス。

 腕の立つ人間たちに片端から声をかけて、魔王時代に多くの武勲を立てたという兵士だ。

 その実力は、魔王を散らした伝説の英雄グラナダスと並び立つほどだった──と本人は言い張っているが、ライバル意識をこじらせていただけだろうというのが多くの人の評価だ。

 ブルックス傭兵団は、しばらく前はトワノライトを拠点にしていたはずだ。


「よぉ、ミュゼオンの見習いさんかね?」

「は、はい。サクラ・ハルシオンと申します。あ! もしかして、トオカ村の魔獣討伐にいらしたのですか? なら、今みなさんにご紹介を──」

「いや、必要ない」

「え?」


 ごつん、と。

 鈍い音とともに、サクラの視界がブラックアウトする。


「……っ?」


 足から力が抜けて、音が聞こえなくなる。

 しぬかもしれない、と恐怖する間もなく、サクラの意識が遠のいていく。


「正義感をこじらせた見習いさんは、勝手に山に押し入って……魔獣どもを下手に刺激して村をめちゃくちゃにしてしまいましたとさ」


 ブルックスのしゃがれ声が聞こえる。

 何を言っているのだろう。


「雇い主からこういう台本を貰ってるんだわ、悪いねえ」


 ──ぶつ、と。

 サクラの意識が途絶えた。

 たすけて。

 つぶやけなかったその言葉。

 脳裏に浮かんでいたのは、ユウキの姿だった。


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