第27話 空いっぱいの夕焼け
その日、心配する奈緒に家まで送ってもらった千紗は、奈緒との約束通り、たっぷり食べた後に、部屋に戻ってベッドに横になった。弟は塾、母親は仕事で、二人が家に戻ってくるまでには、まだ少し時間があった。
千紗は、ベッドに横になりながら、窓から見える夕暮れを、じっと見つめた。昼間はあんなに暑かったのに、夕暮れに窓から入ってくる風は、心地よい。千紗は、木の香りを含んだ空気を、胸いっぱいに吸いこんだ。
それにしても、今日はいろんなことがあった。あたしが貧血で倒れるなんて、前代未聞の事件だ。でも、それより驚いたのは、山ちゃんが怒ったって事だ。だってあたし、山ちゃんが本気で怒るところを、今日初めてみたよ。
毎朝、遅刻ぎりぎりにならないと現れない千紗。奈緒がこれから読む漫画のオチを、自分が面白かったからといって、興奮してついうっかり、全部しゃべったことがある千紗。それだけではない。早とちりをして、強引なものの言い方をするところもあるし、相手の言葉を最後まで聞かずに、わかったようなことを言ったりもする。自分でもしまったと思うのだが、たいていは手遅れだ。
でも、そんな千紗に、奈緒は本気で腹を立てたことがなかった。それは奈緒だって、たまにはむっとしたりすることはあるが、それはあくまでもその場限りの一瞬のものなのだ。それは、奈緒が辛抱強いから。いや、それだけではない。心の懐が深いからだ。千紗はそう理解している。
でも、今日、それまでの前例を全部すっ飛ばして、奈緒は怒ったのだ。あの時、珍しく感情的になって、早口でまくし立てる奈緒にすっかり飲まれ、千紗は、ただただ目を丸くして、あっけに取られるほかなかった。まさに、降参だった。奈緒の前で、アホみたいに口を開けていたであろう自分を思い出して、千紗は思わず笑ってしまう。
初めて怒った山ちゃん。すごく怖かったのに、こんなに心が暖かくなるのは、なぜなのだろう。
人は、一人で生きているのではない。誰かに支えられて、誰かに見守られて、生きているんだ。千紗は、しみじみとそのことを思った。ばかで、ひとりよがりで、欠点だらけなのに、あたしには、本気で怒ってくれる友達がいる。本気で心配してくれる、友達がいるんだ。知っていたはずなのに、そんなことすっかり忘れて、一人で頑張らなくてはと、ずっともがいていたような気がする。
千紗は今、なんだか感謝の気持ちでいっぱいだ。みんな、あたしと友達でいてくれて、ありがとう。こんなあたしを見捨てないで、友達でいてくれて、本当にありがとう。あたしも皆を、大切なみんなの支えになれる人になりたい。絶対になりたい。そう、大声で叫びたかった。
千紗は、ベッドから起き上がると、窓から空を見上げた。空いっぱいに、夕焼けが広がっている。それを見ながら、千紗は思った。あたしは、あたしだ。あたしは、あたしの最高を目指そう。そして、目指す最高のあたしになったとき、きっと菊池のあたしを見る目も変わるはずだ。ね、そうだよね、神様。
その時、玄関の扉が開く音がした。母親が帰ってきたのだ。お母さん、あたし、今日からまた、食いしん坊復活だよ。元気にいっぱい食べるよ。それでね、あとで、もしかしたら、伸行に謝ってみてもいいかもしれない。少しは悪いと思ってるし。あいつも悪いけど。
でもとりあえず、疲れて帰ってきた母の手伝いをするために、千紗は階下へ降りていった。
終わり
あたしが千紗だ 文句あるか4 たてのつくし @tatenotukushi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
つくしの戯れ言/たてのつくし
★9 エッセイ・ノンフィクション 連載中 29話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます