第20話 ガキはてめえだ

 と、いうわけで、これまで一度も、千紗は、父との面会日に出かけたことはない。

 初めの頃こそ、父との面会日になると、朝から嬉しそうにそわそわする弟が目障りに思えたり、父と弟が二人でどう過ごしているのか、気になったりしたものだが、そのうち、まるっきり気にならなくなるばかりか、関心がなくなってしまった。


 ただ、毎回、弟が家に持ち帰ってくる、「お姉ちゃんに」といって、父が言付けてきたお土産は、母の手前、受け取った振りをしてから、後で全て捨てていた。中に入っていたものが、どこでどう調べるのか、千紗が、以前からほしいと思っていた、高価な文房具や小物だったりして、ちょっと惜しいような気持ちがすることもあったが、そう思うこと自体、母を裏切っているような気がして、一層勢いをつけて捨ててきた。


 千紗としては、そうやって、日々は過ぎてゆくと思っていた、いつまで続くのか分からないけれど、弟の気が済むまで、面会でも何でもやってりゃいい。あたしには関係のないことだ。

 それなのに、最近、面会の日が近づくと、

「今度は、姉ちゃんが行け」

なんて鬱陶しいことを、伸行が言い出すようになった。それは、以前だって、

「今度は、姉ちゃんも一緒に行こうよ」

と、誘われたことは、幾度かある。

「今日は、ステーキ食べようってさ。食べた後は、いろいろ買ってももらえるよ。今度、三人でディズニーランドもいいなって、言ってたよ」


 伸行としては、魅力的なもので、千紗を釣っているつもりなのだろうが、千紗からすれば、みんなで暮らしていた頃は、見向きもしなかったくせに、今さら、な~にがディズニーランドだ、と、怒りを通り越して、脱力感を感じるだけだ。


 とにかく、ディズニーランドだろうが、ステーキ食べ放題だろうが、そんなもんであたしを釣ろうったって、無駄なことだ。あたしの心は変わらない。だから、心の中で燻ぶる怒りをおさえて、弟には穏やかにこう言ってきた。

「行かないよ、あたしは。今度も、あんた一人で行ってきな」

それに対しての伸行は、

「また、行かないのぉ。ま、いっか」

と、ため息を一つついて、それで話は終わっていたはずなのだ。これが我が家の習慣だった。


 それなのに、ここ数ヶ月、伸行のやつが、面会に行くこと自体をごねだしたのだ。

「な~んで、俺ばっか行くんだよ。たまには、姉ちゃんがいけよ」

「何、言ってんの、あんた。なんであたしが、行かなきゃいけないのさ」

「だって、俺ばっかじゃ、おかしいだろ」

「おかしくない、おかしくない」

千紗は、ごろ寝のまま、太ももを掻きながら言った。


 なんでそんな風に、今さら伸行がごねるのか、理解できない。というよりも、正直、この手のやり取りに、千紗はうんざりしていた。

「いつも俺にばっか、押し付けやがって」

伸行の舌打ちが、千紗の耳に届いた。

「はぁ、あんた何言ってんの」

千紗は、思わず体を起こして、伸行を見た。


「あんたが会いたいって言うから、それならってことで、決まった面会でしょ。あたしは始めから、絶対に面会には行かないって、はっきり言ってたんだから。それを、なんで今頃になって、行きたくないのなんのって、文句言うのさ。その上、あたしがあんたに押し付けたなんて、言ってる意味がわかんないよ。いいか。面会は、お前がやりたいっていうから、あたしは嫌だったけど折れたんだ。それを忘れるな。本当に、まったく、これだから、ガキは嫌だよ」

「ガキは、てめえの方だろうが」

伸行が、急に大声をあげた。

「ガキは、てめえだ。何にも知らないで、偉そうな口ばかり利きやがって」


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