第14話 千紗、朝食を抜かす2

 さて、その頃千紗は、無事に、朝ごはんを食べずに、家を出られたことに、すっかり嬉しくなっていた。なにしろ、信じられないような体重だったのだ。去年と比べて五キロも多かったのだから。

 でも、また、新しい希望が生まれたのも、確かだった。だって、千紗のがっしりした体格は、生まれ持った体質的なものではなく、太っていたからだと、わかったからだ。五キロ、いや、もうひと声いって、七キロ痩せれば、千紗だって、さやかのようなほっそりした首や、しなやかな手足が、手に入るはずだった。

 後はその、歩き方なんかを、もっと軽やかな感じに訓練してゆけば、かなり可愛い女の子になるはずだ。


 千紗は、ほっそりして軽やかに歩く自分を想像して、思わずほくそ笑んだ。そして、いつもの待ち合わせにつくと、何も聞かれないうちから、山田奈緒に向かって、

「おはよう、山ちゃん。いや~、今朝は朝ご飯、食べそびれちゃってさ、嫌になっちゃうよ」

と言った。


「ええ? ゴンちゃんがご飯食べないなんて、めずらしいんじゃない? お腹の具合でも悪いの?」

菜緒が目を丸くする。

「まっさか、ぴんぴんだよ」

「そうなの? でも、朝ご飯ぬかすのって、体によくないよ」

「そうかもしれないけどさ。あたしみたいなデブは、一日くらい朝ご飯を食べなくったって、別になんともないよ」

これから、痩せてゆくけどな、と心の中で付け足しながら、千紗は上機嫌で言った。


「デブ? ゴンちゃんはデブじゃないよ。普通だよ」

「そんなことないよ。だってさ、昨日の夜、久し振りに体重計に乗ってみたら、二年のときと比べて、五キロも太ってたんだよ。五キロ。完全なデブだよ。だから、絶対に減らさなきゃ、だめなんだよ」

「でも、五キロも増えたって言うけど、去年より背も伸びているでしょ」

「そうだけどさ。伸びたって言ったって、たったの一センチだよ。つまり、身長は一センチしか伸びなかったのに、体重は五キロも増えたってことだよ。これを太ったといわずに、何と言う、だよ」


「でも、あたしには、ゴンちゃんが太ったようには見えないなぁ」

「それはさぁ、山ちゃんは毎日あたしを見てるから、わからないんだよ、きっと」

といってから、千紗は声を潜めて続けた。

「だって、考えても見てよ。身長が一センチで、体重が五キロってことはさ、厚さ一センチで五キロの肉ってことでしょ。ねえ、山ちゃん。それって、どれくらいの大きさになると思う?」

「一センチの厚さで五キロの肉?」

思わず奈緒が聞き返すと、真剣な顔で千紗が頷いた。

「そ…、それは、まあ、かなり広大なお肉になりそうだけど…」

奈緒は、思わず吹き出しそうになるのを堪えて、返事をした。

 言いたいことは分からなくもないが、どうもゴンちゃんの発想ってのは、いつも少しへんてこりんだ。これがまた、当の本人は、大真面目なのだが。


「でしょう」

千紗は力を込めて言った。

「ま、あたしは、広大とまでは思わなかったけど。でも、すごい大きさのお肉だよね。それが全部、いま、私の体にくっついてるって訳よ」

「でも、スーパーのお肉と人間の体は、同じじゃないでしょ。骨とかもあるし。客観的に見て、ごんちゃん、太ったようには見えないけど。やせる必要なんて、ないと思う」

奈緒は、あくまでも、自分が率直に感じている意見をゆずらない。

「山ちゃんは、自分が痩せてるからそう思うんだよ」

千紗は、じれったそうに反論した。

「そんなことない。ゴンちゃんは、太ってなんかない」

「ふふーん…」


 山田奈緒は、細いのだ。決して小食ではなく、時に、千紗と同じくらい食べたりもするのに、ちっとも太らなかった。むしろ、時々、痩せすぎを気にするくらいだ。

 そんな奈緒にとっては、デブよりもガリのほうがよほど問題らしく、ダイエットなんてナンセンスだと、本気で思っている。あたしみたいにがりがりに痩せているより、ゴンちゃんみたいな方がずっといいじゃないかと、よく口に出して言うし、たぶん本気でそう思っているのだ。だからこそ、自分はいい気になっていたのかもしれない、とすら今は思う。

 気をつけなければいけない。奈緒の言葉を真に受けて油断していたら、千紗は、デブ道まっしぐらになってしまう。

 千紗は、早くも緩みそうになるねじを、改めて締めなおす。

「ま、とにかく、あたし、ちょっと頑張ってみるよ」



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