第5章 証明①
俺が一時的に《月光》を脱退してから二週間が過ぎた。
その間、俺は《ワルプルギス・オンライン》のプレイを控えていた。
これは別に偽者との決着に必要な時間だった、というわけではない。単に期末試験に集中したかったからだ。これで平均点割れ、なんてことがあれば偽者退治も何もあったもんじゃないからな。
ただ、時間を置いたことで俺がギルドを抜けたって話は随分と広まったようだ。もしかしたらナオさんがSNSを使って拡散してくれたのかもれない。
――結局、凛子は《月光》を辞める、ということはなかった。だが、あの日以来俺と口をきかなくなった。
カイから送られてきたメッセージによると、俺のことは最初からいなかったかのように振る舞っているそうだ。このところは毎日カイたちとパーティを組んでギルド狩りに勤しんでいるらしい。まあ何を考えているかは予想できる。やりたいようにやらせておけばいいだろう。
さて――
本日は金曜である。ただの金曜じゃない、期末試験が全て終わった金曜だ。手応えはばっちり。これで夏休みは《ワルプルギス・オンライン》を目一杯堪能できるだろう。
俺も今日から本格復帰だ。さて、まずは帰って腹ごしらえを――
と、筆記用具を片付けて帰る準備をしていると、俺の目の前に一人の女子が立った。烏さんだ。その烏さんが笑顔で声をかけてくる。
「や。テストお疲れさま」
「おう、お疲れ。烏さんはテストどうだった?」
「ぼちぼちかな。岩瀬くんは――聞くまでもないみたいだね、その顔は」
「まぁな! 《ワルプル》に集中するために結構頑張ったからな。このところは全然プレイできてなかったけど、これでようやくがっつり遊べるよ」
俺が親指を立ててそう答えると、烏さんは微笑んで――
「それは良かったね。ところでさ」
「ん?」
「ちょっと話したいんだけど、良かったらどこかでご飯食べて帰らない?」
――テスト期間中、テストは午前のみで午後は学習時間という名の放課後だ。俺は帰ってすぐに昼食にして、そのままログインしようと思っていたが……
あの日以来、烏さんともほとんどまともに話していない。話したいのは例の件だろう。
「いいよ。学食でもいいか? 普段弁当だから、たまには使ってみたいんだ」
「もちろん。じゃあ、行こうか」
俺の提案に烏さんは頷いてくれる。それじゃあと、俺たちは連れ立って学食へと移動した。
学生IDを使って生姜焼き定食と半ラーメンの食券を買う。キャッシュレス決済で食券を買うというローテクさ。食堂の職員さんの作業的に食券でメニュー管理したほうが楽なんだろうな。
というわけで、俺の前にはいつだったか烏さんが食べていて美味そうだった生姜焼き定食と、学食派の男子の間で妙に美味いと評判の半ラーメンが乗ったトレイがあった。
テーブルの向かいには、ハンバーグ定食を前にした烏さん。おしゃれなパスタや名前が長いサラダが好きそうなイメージの烏さんだが、意外と肉が好きなのかな。
「さすが男子。がっつり行くね」
「生姜焼きは前に烏さんが食べてて美味そうだなって思ってたんだよ。半ラーメンは男子の間でちょっと評判でさ」
ぱきっ、と割り箸を割って烏さんの言葉に答える。まずは生姜焼きだよな、と箸をつけようとしたところで烏さんが話を切り出した。
「凛子のこと、なんだけどさ」
「うん」
「あれから学校で凛子と全然話してないよね」
「学校どころか、自宅で電話してるわけでもないし、《月光》も今は脱退中だし――あの日ギルドハウスで脱退してから口きいてねえよ」
俺がそう言うと、烏さんは困ったような顔を見せ――
「……ゲームの話になるとあれだけ碧が、碧が、って言ってた凛子が、全然岩瀬くんの話をしないんだ」
「今一緒にプレイしてるわけじゃないし、そんなもんだろ? あいつはあいつでログインして遊んでるみたいだし、心配ねえよ」
「岩瀬くんはそれでいいの?」
叱責するような烏さんの声――俺は、それに答える代わりに別のことを尋ねる。
「最近、『俺』の悪評はどう?」
俺の言葉に烏さんは複雑そうな顔をする。
「相変わらずみたいだね。トレインPKの話は出てるよ。《公認チーター》が犯人で、所属してたギルドを追放されたってことで岩瀬くんが本当に犯人だと思ってるプレイヤーもいるみたい……っていうか、多分話を知ってるプレイヤーはほとんどそう思ってる。SNSでも、被害者だっていうプレイヤーが岩瀬くんを名指しで批判してるし」
「へぇ……ウチのクラスの《ワルプル》やってる男子が俺に最近よそよそしいのはそれが理由かな」
「……ねえ、やっぱり危ないよ、こんなこと。実生活に支障がでて……今からでも運営に言って調べてもらおうよ。岩瀬くんが自分で犯人探しする必要なんてないじゃない」
烏さんが心配そうな表情でそう言ってくる。
「心配してくれるのはありがたいけど、でもごめんな。止める気はねえし……それにテストも終わったし今日から俺も《ワルプル》復帰だ。早ければ今日にもケリが着く」
「――犯人を見つけたの!?」
「いや? そういうわけじゃないけど……でも大丈夫、アテがあるんだ」
俺はそう締めて、お預けになっていた生姜焼きに箸をつける。烏さんもしばらくはなにか考え込んでいたが、自信たっぷりに言う俺にかける言葉が見つからなかったらしい。それ以上はなにも言わず、自分のハンバーグに手を付けた。
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