第1章 《公認チーター》⑩

 ――終わらせるつもりで取り組んだ学校の課題が思いのほか進まなかったのは、昨日の幻魔竜戦を振り返っていたからだ。


 昨日あれだけ時間がかかったのは、なんと言っても幻魔竜の代名詞、《完全擬態パーフェクトインビジブル》に気を使ったからだ。一度でも発動させてしまえば、いくら俺でもそこからの攻撃を100%凌げるとは言い切れない。見えないものは反応しようがないからな。


 故に攻勢に出られない。少しずつ、時にはDPSが自動回復量に負けて回復されながら、それでも《完全擬態パーフェクトインビジブル》のキャンセルを起点に確実に攻めて――それで大体二時間くらい。


 だが、今日は違う――基本的にやることは変わらない。攻撃を凌ぎつつコツコツ削り、一般プレイヤーなら絶望――しかし俺なら確定チャンスの《完全擬態パーフェクトインビジブル》の予備動作を待って、キャンセルして反撃。


 違うのは、新たなスキル《ファントムドライヴ》があることだ。


 ――カッと幻魔竜の目が紫に光る。すかさず《ウォークライ》――キャンセル反応で硬直す固まる幻魔竜に、《ソニックスラッシュ》から《アビスインパクト》のコンボをキメる。


「――ギャォオオオオオオオオッ!」


 悲鳴を上げてノックバックする幻魔竜。そして俺は最速で《ファントムドライヴ》を発動させる。


 ――《ファントムドライヴ》は、メイン役割としてはシトラスが言っていたように自身に《ファントムボディ》状態を付与して《カオスディザスター》へつなげるコンボ始動技といったところだ。


 この効果は正直どうでもいい。いや、取得したからには今後は《カオスディザスター》も習得するつもりだが、現状そこまでスキルポイントに猶予はなく今は使えない。使えたとしても、シトラスに伝えたように敵モンスターには大したアドがない。ATK倍率を考えたら他のスキルのほうが有効だ。


 肝は、《ファントムドライヴ》のもう一つの効果にある。《ファントムドライヴ》には使用者の状態を250F――0.25秒巻き戻す効果がある。位置情報、HPSP、バフ・デバフ状態――《ファントムボディ》状態以外のありとあらゆる情報を、だ。


 撹乱と不意打ちを本領とするローグらしいスキルだと思う。対人戦で使われると、この位置情報の巻き戻しに俺も面食らうことがある。まるで幻影を見ていたかのような気分になる。


 この効果はスキルの説明欄にも載っている。だが、0.25秒の状態巻き戻しじゃできることもたかが知れている――それがほとんど全てのプレイヤーの認識だったはずだ。


 かく言う俺も位置情報をずらして撹乱しつつ、《ファントムドライヴ》の使用SPを実質0にするための効果だと思っていた。


 しかし――昨日のバトル中に気づいたが、《ソニックスラッシュ》から《アビスインパクト》を最速で繋げると250Fに収まる。正確には245F――つまり《アビスインパクト》の直後に5F以内に《ファントムドライヴ》を発動することで情報が巻き戻り――スキル使用に使ったSPを回収できるわけだ。


 5F――つまり五ミリ秒の発生猶予。俺にとっては楽勝だ。


 クールタイムがあるので《ファントムドライヴ》を使って一生攻撃スキルをこする、なんてことはできないが――《完全擬態パーフェクトインビジブル》の使用を待つ間にクールタイムは解消できる。


 つまり、《完全擬態パーフェクトインビジブル》の後隙に《ソニックスラッシュ》コンボを二回叩き込めるようになったわけだ。単純に考えて、昨日と比べ反撃手数が倍である。


 ブン、と視界がブレて《ソニックスラッシュ》を撃つ前の立ち位置に巻き戻される。そしてすかさずもう一セット。


 見る間に幻魔竜のHPゲージが削れ、そして最後の一本に到達する。ちらりとシステムクロックに目を向けると、バトルを始めてからおおよそ五十五分といったところか――


 ここまではいいペースだ。SPも《デッドリーアサルト》分を確保した上で、《ソニックスラッシュ》コンボも撃てる。


 後はシトラスが切り抜いた動画のリプレイのようだった。おそらく幻魔竜のアルティメット条件はラスト一本のHPゲージが欠けることなんだろう――《ソニックスラッシュ》コンボで最後の一本が九割ほどまでに削れ、幻魔竜の瞳が紫色に変化する。


 時間差の《完全擬態パーフェクトインビジブル》だ。昨日と同じく《金剛体》を発動させ、デスコンボに備える。


 直後、幻魔竜が姿を消し――そして100Fほど間を開けて、現れるのと同時に翼を槍にして俺を貫く――が、《金剛体》の効果でコンボの初撃に耐える。


 次の攻撃も昨日の焼き増しだ。もう片方の翼を振り上げ、そして軌道を変えて薙ぎ払いにくる。これを冷静に《スラッシュパリィ》で流す。


 昨日はここから跳んで空中でレーザーブレスに対応した。だが、もう次にブレスが放たれるのをもう知っている。


 宙に跳ぶ代わりに幻魔竜との間合いを詰めると、翼を引き戻した幻魔竜が俺を迎え撃つようにレーザーブレスを吐いてくる。


 それを《パリィ》で処理――後隙に《ファントムドライヴ》を使った《ソニックスラッシュ》コンボを二セット。《カオスハンド》が絡み、幻魔竜のHPゲージが五割を欠く。


「ギャォオオオオオオッ!」


 ――残り四割強。身動ぎし、反撃モーションに入る幻魔竜。《ソニックスラッシュ》コンボを二セットにしたせいで、《デッドリーアサルト》で割り込むフレームが足りない。


 こっちのHPは《金剛体》の効果で1だ。事故ったら死ぬ。こんな大勢のギャラリーを前にして床ペロなんて冗談じゃねえぞ!


 プラン変更――というより、『見て反応』だ。回避ステップで跳び退いて、鉄をもたやすく切り裂きそうな爪の一撃をギリギリ躱す。


 それに続く追撃は噛みつき攻撃だった。速い――発生は100Fってとこか? 通常攻撃でこの速さはホントえげつないが、これなら――


 俺に齧りつこうとする幻魔竜の顎を《パリィ》で跳ね上げる。喉元を晒した幻魔竜――そこにスキルを乗せたダガーで斬りつける。


 スキルはもちろん《デッドリーアサルト》――十五条の光閃が連続で幻魔竜の喉を斬り裂いて――


 そして幻魔竜は、昨日のようにHPをわずかに残すこともなく、そのまま光のオブジェクトとなって砕け散った。

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