第1章 《公認チーター》⑥

 ばっと少し席の離れた凛子に視線を送ると、それに気づいた凛子が『徹夜で頑張りました!』とばかりに悪戯めいた笑顔を見せる。


 さすが凛子――いや、ギルド《月光》のシトラスと言ったところか。普段そんなに交流がない男子もSNSをチェックしているとは……


「シトラスって、橘さんだろ? その幼馴染って岩瀬だよな?」


「おーい、凛子。リアル割られてるぞ」


「や! これ、前に橘さんから直接聞いたやつだから! ほら、岩瀬とクラスん中で《ワルプル》の話してるし……」


「ああ、そうなん? ならいいや……まあ、俺だけど?」


 そいつの質問に頷いてやると、《ワルプルギス・オンライン》のプレイヤーと思われるクラスメイトたちが一斉に寄ってくる。


「ラース陣営のロックって聞いたことあるよ。岩瀬くんだったんだ」


「ギルドイベントで近接スキルだけで暴れまわるからけっこう有名だよね」


「私ギルイベで殺されたことあるよ……手も足もでなかった」


「橘さんも有名人だけどさー、クラスからこんな有名プレイヤーがでるなんてなぁ」


 ――待て待て、俺は聖徳太子じゃねえぞ。なんか言いたいなら一人ずつ――


「いや、ちょっと待て。有名プレイヤーだって? 俺より凛子のほうが断然ネームバリューあるだろ」


 聞き捨てならない言葉を聞いて、俺はそれを言った男子に問いかける。すると――


「オンゲーニュース見てないの? 『エクストラボスソロ攻略達成者現る』っつってこの切り抜き動画拡散されてるよ」


「――なんだって?」


 俺はその言葉を聞いて、自分の通信デバイスを取り出してオンラインゲームのニュースを取りまとめた通称オンゲーニュースのアプリを起動する。そこには、トップ記事として凛子が切り抜いた動画のリンクと凛子の記事が載っていた。


「世界初だろ? この記事も橘さんの記事も拡散されまくってるよ。多分岩瀬は今世界中で最も有名な《ワルプル》プレイヤーなんじゃないかな」


 その男子の言葉に、俺の周りに集まっていたプレイヤーたちが一層盛り上がり、《ワルプルギス・オンライン》をプレイしていないと思われるクラスメイトたちもなんだなんだと寄ってくる。


「凛子ぉ!」


「碧、アップしていいって言ったじゃん!」


 恨み言を言おうと凛子に目を向けると、負けじと凛子も声を荒げる。くっ、確かにOKを出したのは俺だ――


 マジか、オンゲーニュースに取り上げられるようなことか。いや、確かに俺もソロ攻略は世界初だろうとは思っていたが……


「このアルティメットムーブの初段を《金剛体》で受ける前に《ウォークライ》空打ちしてるよな? なんで?」


「いや、それより締めのレーザーブレス無効化してるのがエグいでしょ。あれなんのスキル使ってるの?」


「っていうかアサシンってあんなダメージ出せるんだね。《ソニックスラッシュ》と《アビスインパクト》のコンボってあんなに減るんだ。近接スキルって弱いんじゃないの?」


「こんだけ減るんだからビルド次第ってことなんだろうなぁ。なあ岩瀬、お前のビルドとスキル構成教えてくれよ」


 クラスメイトたちが次々になにか言ってくるが、その殆どが右耳から入り左耳から抜けていく――そんな心境だった。


 ――プロゲーマーならともかく、アマチュアのゲーマーがオンラインゲー厶で有名になることにメリットはない。そう考えている俺は、早まった決断をしてしまったと後悔していた。


 ……まあ、凛子のあの顔を見たら何度同じ場面がきてもOKしてしまうのだろうが。



   ◆ ◆ ◆



「ああ、くそっ」


 放課後――帰宅した俺はベッドにカバンを投げ出し、ゲーミングチェアにどかっと座る。


 学校じゃ気の休まる時間がなかった。俺の予定じゃ幻魔竜討伐の余韻にひたり、次はどの魔女を攻めようかゆっくり考えるつもりだったのだが。


 噂が噂を呼ぶとはこのことかと思い知った。休み時間のたびにクラスの《ワルプルギス・オンライン》プレイヤーに囲まれるどころか、別のクラス、上級生までもが俺を一目見ようとうちの教室の廊下に集まってくる始末。


 ……俺がプロゲーマーを目指しているのならいいことかもしれないが、俺の将来の夢はゲームクリエイターで、俺自身がのめり込めるような最高のVRゲーの開発に携わることだ。こんな注目の集め方をしてもまったく嬉しくない。


 凛子としてもネット上やゲーム内で多少有名になるだろうとは予測していたものの、リアルにここまで波及するのは想定外だったらしく、学校でも帰り道でもしきりに謝っていた。


 あんまり申し訳無さそうで逆に気の毒になってしまったほどだ。そもそもOKを出したのは俺なわけで、それも自分で世界初と考えていながら迂闊に了承したのが原因だ。凛子は悪くない。


 さて――俺はゲーミングチェアをリクライニングにして、デスクの上に置いてあるヘッドギアを被る。これこそが数多のゲーマーにとって何にも代えがたい神器、《ワルプルギス・オンライン》の入り口となるVRデバイスだ。


 ゲームのストレスはゲームで発散――というわけで、俺はデバイスの電源を入れて《ワルプルギス・オンライン》のアプリを立ち上げる。


 シンプルなロゴ画面が表示され、それがログイン画面に切り替わる。ログインパスワードを入力すると、画面がリアルと見分けがつかない仮想世界へと変わり――


 ――フルダイブゲーム特有の生身とアバターとの感覚切り替えのための瞬間的なブラックアウトを経て、《ワルプルギス・オンライン》の世界に降り立つ。


 灰と黒の荒廃的な火山フィールド。ああ、昨日は幻魔竜を倒した後、少しシトラスと話してそのままログアウトしたからな。


 メニューを開き、街へ移動するためテレポートアイテムを――


 ――と、メニューの端に見慣れないアイコンが点灯していることに気づく。


 フルダイブゲームは、たとえば体のすぐ脇に通信デバイスを置いておいても、感覚がゲームに来ているので着信に気づかない。よほど強いバイブレーションを設定していれば話は別だが、そうなると感覚が体に戻るのでゲームの方は強制ログアウトとなる。


 そのため、予め設定が必要だが《ワルプルギス・オンライン》には外部からの通話着信、メール着信をリアルタイムで中継するシステムが搭載されている。


 見慣れないアイコンはそのメール受信アイコンに似ていたが、通常白く発光するそのアイコンが、警告灯のように赤く点灯していた。


 なんだなんだ? メールを受信したことは間違いないようだが……


 俺はそのアイコンをタップし、内容を確認する。その送信者とタイトルを見て、俺は陰鬱な気持ちにならざるを得なかった。


 送信者は《ワルプルギス・オンライン》ゲームマスター――件名は、『ゲームのプレイ内容につきまして、ご確認のお願い』――


 ――内容は、『日頃ワルプルギス・オンラインをプレイしていただき、誠にありがとうございます』という定型文から始まっていたが、要するに『幻魔竜討伐にチートの疑いがあるから確認させろ』というものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る