第1章 《公認チーター》②

   ◆ ◆ ◆




 ――《ワルプルギス・オンライン》は、本来一人で進めるゲームじゃない。


 ジャンルはフルダイブVRMMOMassively Multiplayer OnlineRPGRole Playing Game。オンラインのプレイヤー同士でパーティを組み、冒険――あるいは敵対・対戦をするゲームだ。


 この《ワルプルギス・オンライン》の世界には七人の魔女がいて、それぞれが世界を統べる存在、《唯一の魔女アブソリュート》となるべく争っている。


 プレイヤーはこの七人のうち一人を選び、その眷属となって主を《唯一の魔女アブソリュート》にするべく戦うというのが大まかなゲームデザインだ。


 そういったデザインから、毎月各陣営同士で勝敗を競うギルドイベントがあるし、そのイベントを通して同じ魔女を主と仰ぐプレイヤー同士で親交を深めやすい。


 ぶっちゃけると、俺みたいなコミュ力が乏しいプレイヤーでも、ギルドイベントにさえ参加すれば勝手に知り合いが増えていく。ギルドイベントは連携が取れれば取れるほど有利だし、それに同じ魔女を主と仰ぎ、共通の敵と戦うのだ。否が応でも連帯感ってのが産まれる。


 まあ、俺の場合は元々フレンドに誘われて始めたのだが、そのフレンドがそこそこゲーム内で有名人だったので、そいつを起点にフレンドや顔見知りがどんどん増えていったわけだが。


 ともあれ、こういったゲームデザインなのでクエストはパーティ前提の高難易度。ソロでやるのは無理のないレベリングや素材集めぐらいか。


 ――だが、《神眼》を持つ俺にはヌルすぎる。


 メインシナリオに限って言えば、そこまで難しいゲームだとは思わない。だが、メインシナリオの進行によって解放されるエクストラクエストはまさに死にゲー。パーティを組んでも、何度も死んでボスのパターンを覚えて一つずつ対応していくのが鉄則だ。


 ――そんなゲームを前にして、ゲーマーの血が騒がないわけがない。


 パーティ前提の難関ゲー《ワルプルギス・オンライン》を、誰もなし得ていない完全ソロ攻略するのが俺の目標だ。



   ◆ ◆ ◆



「グォオオオオオオオオ!」


 幻魔竜が吼え、後脚で立ち上がる。必殺の超広範囲ブレス。範囲は先の翼打ちよりはるかに広く、またダメージも半端ない。防御に振りきった壁役タンクでもバフなしじゃあ耐えきれない。


 ソロプレイヤーの俺は言わずもがな。タンクビルド設計じゃ火力が低すぎてソロ攻略なんてできない。ゆえに耐久力が火力につながる回避型アタッカーなわけで。


 つまり、耐えられないなら避ければいい。攻撃範囲が広すぎて回避ステップでは間に合わないため、俺はローグスキルの《背後取りバックサイド》を発動。システムアシストが乗った超加速で幻魔竜の背後を取る。


 俺の残像を焼き払うようにフィールドが炎上するが、すでに俺は次のスキルを発動させている。メインジョブであるアサシンのスキル、《バックスタブ》――敵の背後でのみ発動できるスキルで、ATKに100%の補正がかかり、加えて確定クリティカルというアサシンならではのスキルだ。


 人型エネミーと違い、大型モンスターである幻魔竜の脾臓を一突きとはいかないが、それでも尻尾の付け根あたりに放った斬りつけに《バックスタブ》の効果が乗り、確定クリティカルのノックバックで幻魔竜の体ががくんと揺れる。


 と――


 視界の端で、暗黒騎士のアイコンがちかっと光る。こいつは僥倖――暗黒騎士のスキル《カオスハンド》が発動した報せだ。


《カオスハンド》はクリティカル攻撃が発生した際、確率で発動するパッシブスキルだ。その効果は、発動契機となったクリティカル攻撃のリプレイ――発動確率はそう高くないものの、クリティカルが出やすいアサシンとは相性がいいスキルだ。


《バックスタブ》のATK100%補正で二倍、確定クリティカルで更に倍、更に《カオスハンド》でもう一度――一撃で800%の攻撃だ。


 純火力に乏しいアサシン、それもエクストラボスという高DEFの敵が相手――それでも幻魔竜はノックバックとともにゲージの5%ほどを吐き出す。


「――追加パターンはないのか? それならもう回避系のスキルでごり押して――」


 ここまでのバトルで幻魔竜の通常パターンは全部見たはずだ。振り向きのモーションで尻尾に引っかかってダメージを受けてもつまらない。斬り下がりで間合いを取りながら呟くと、ぐるりと幻魔竜が振り返る。


 ――体がぶるっと震えた気がした。振り返った幻魔竜の瞳が、燃え盛る炎のような赤から紫色に変わっている。


「ここでそれかよ!」


 油断こそあったものの、とっさに《ウォークライ》で《完全擬態パーフェクトインビジブル》を阻害する。振り向きと同時に発光したとしても、キャンセル猶予の2Fには間に合ったはずだ。


 ――しかし、幻魔竜は《完全擬態パーフェクトインビジブル》のキャンセル反応を見せなかった。しかし姿を消すわけでもなく――


 ――となれば。


「ようやくお出ましか!」


 きっとこれが追い詰められたときの追加パターンだ。《完全擬態パーフェクトインビジブル》の予備モーションがなくなり、そしておそらく新たな行動パターンとアルティメットムーブが追加されている。


 いくつか即時発動可能なスキルともしものときの回復アイテムを咄嗟に使えるよう意識において、身構える。


 基本の対応は『見て反応』だ。こちらからしかけてスキルの硬直中に回避不能な攻撃をされたら目も当てられない。


 と――なんの前触れもなく幻魔竜の姿が消える。《完全擬態パーフェクトインビジブル》――姿は見えないが、幻魔竜がニヤリと笑った気がした。


 発動されたら最後、幻魔竜の方からこっちに攻撃を仕掛けてこない限り、ヤツの姿は見えないしこちらからターゲットにすることもできない。


 つまり、見えない攻撃を凌ぐ必要がある。いいね、こうでなくっちゃ――そびえる壁が高いほど登り甲斐があるってもんだ。


 ――《背後取りバックサイド》は幻魔竜をタゲれないから使えない。そもそもさっきの今で、クールタイムが明けていない。


《スラッシュパリィ》にはクールタイムがないが万全とは言い難い。ブレス系の攻撃を置かれたらどうしようもない。


 聖騎士、暗黒騎士の防御系スキルは、盾があってのスキル――回避型の俺は盾を持つビルドじゃない。要は取得していない。


 回避ステップに完全無敵を乗せるローグの《エスケープ》は、広範囲攻撃なら範囲外に逃れられずに無敵時間を貫通される可能性が高い。


 こっちもアサシンの《潜行》で姿を消すか――いや、根本的な解決にならないし、こっちの後出し我慢大会をしてもおそらくこっちのほうが先に効果時間が切れる。


 この状況で見えない幻魔竜の初撃を確実に凌げるのは、モンクのスキル《金剛体》だ。このスキルは残りHPが1になってしまい、その上その場から動けなくなるが、変わりに一度だけ魔法・物理を問わずあらゆる攻撃に耐えることができる。


 一度だけ、というところがネックで――つまり多段攻撃だった場合、残り1となったHPがあっさり削られて死ぬ。おまけにクールタイムも長い。そんな理由で人気のないスキルだが、俺のように多段攻撃に対応できるなら話が変わってくる。


 腰を落とし、スキル《金剛体》を発動する。視界の左上に表示されている俺のHPゲージが一気に吹っ飛んだ。残HPが危険域にあることを赤い警告メッセージが知らせてくる。


 ――ここが分水嶺。難関ゲーと言えど、プレイヤーに攻略させたくないわけじゃない。大技のあとは反撃タイミングが設定されている……はずだ。


 さあ来い、幻魔竜――全部俺が見切ってやる!

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