第12話 好みの相手

「どうして学校外でまでお前と会わなくちゃならないんだ、春風!」


「それはこっちのセリフだわ! なんでこんな場所にあんたがいるのよ、成瀬ぇ‼」


 二人の男女の怒号が、個室に響き渡った。


 その二人とはもちろん、成瀬春樹と春風心愛のことだ。


 二人はお互いを睨めつけ合い、びりびりと火花を散らしている。


「はいはい。いつものはいいから早く座りなさいよ」


「ぐぬぬぬぬぬ……」


 夏美にぽんぽんと背中を押され、心愛は席に着いた。


 席順は、左から心愛、夏美、恋叶の順だ。心愛の対面には春樹、夏美の対面には征太、恋叶の対面には秋人が座っている。


 そう。この場にいるのは全員、心愛のクラスメイトだ。


 新しい出会いを求めて相席カフェに来たはずが、蓋を開けてみればそこに新しい出会いなど微塵もなく、ただただ見慣れた顔ぶれが集まっていた。


 そんなの、怒りを叫びたくもなる。


「ああああああああ! ここで白馬の王子様と出会うというわたしの完璧な計画がぁ! こうも簡単に崩れるなんてぇ‼ 知り合いに会うにしても、この三人だけはない‼」


「お前まだ白馬の王子様とか言ってんのかよ。んなもんいるわけねえだろ、いい加減諦めろ」


「成瀬は黙ってろ‼ あんたはどれだけわたしの理想をぶち壊したら気が済むのよ‼」


「理想壊されてんのはこっちだっての! お前のせいでオレの理想の高校生活が……!」


「はあ!? あんたのせいでわたしに白馬の王子様が現れないんだけど!?」


「責任転嫁やめろよ! 白馬の王子様が現れないのはお前自身のせいだろうが!」


「あぁん? やんのか成瀬ぇ!」


「は? 喧嘩なら買うぞ春風ぇ‼」


 そんな二人のやり取りを、他の四人はため息混じりに見つめていた。


「心愛っちって、成瀬くん?の前だと雰囲気変わるんだね……」


 春樹と心愛のやり取りを初めて目にした恋叶だけが、素で引いていた。


「まあ、あの二人はケンカップルってやつだから……」


「誰だ今ケンカップルとか言ったやつは!?」


「夏美ね! 夏美ぃ‼ いくら親友だからって、わたしとこいつをケンカップル扱いは許さないからね!?」


「ケンカップル扱いされたくなかったら、まずは喧嘩をやめなさいよ二人とも」


 ジト目を向けながら、喧嘩をやめるよう注意する夏美。


「ふん。まあ、一応オレたち男子とは初対面の女子もいるみたいだしな。今日はここら辺で勘弁しておいてやる。それで、そこの金髪の方は……」


「アタシは冬野恋叶だよー☆ みんなとクラスは同じみたいだけど、男子たちとは初対面だね! よろしく♪」


 ニコッと天使スマイルを披露しながら、恋叶は男子たちに手を振った。その仕草に、男子たちは全員頬を赤くする。


「よ、よろしく。オレは成瀬春樹……」


「あ、みんなの名前は知ってるよー。成瀬くんに、夏峰くん。それと馬場くんだよね? 名前くらいなら覚えてる!」


「そうか。では自己紹介の必要はないようだな。手間が省けて助かる」


 そう言ったのは秋人だ。


「みんなのことは親しみを込めて、それぞれ成瀬っち、夏峰っち、馬場くんって呼ぶね!」


「あれ? 何故僕だけ普通にくん付け……」


「あは☆ 馬場くんの場合、馬場っちって呼び方はアタシ的に可愛くないから、普通に馬場くんで! 他に良い呼び方も思い付かないし!」


「うぉおおおおおおおお! なんだこの僕だけ距離を置かれてる感は! ……興奮してきたな」


「おい」


 いきなり興奮し始めた秋人に、心愛がジト目を向ける。しかし、恋叶は気にしていないようで、そのまま話を続ける。


「それにしても、成瀬っちも馬場くんも、近くで見るとかなりイケメンだね! 結構アタシの好みかも!」


「あれ、ボクは……」


「夏峰っちは可愛い!」


「うん。それは誉め言葉だよね……? 誉め言葉ってことにしておこう……」


 恋叶から可愛い判定を受けた征太は、少しだけショックを受けていた。彼は自分の童顔や身長の低さがコンプレックスなのだ。


「成瀬っちは服装もオシャレだね! アタシ、服装がオシャレな人って好き!」


「お、おう。ありがとう……」


 珍しく、春樹の頬がわかりやすく赤に染まっていた。それを見た心愛は、彼に軽蔑の眼差しを向ける。


「なに顔赤くしてんだこいつ。キモっ」


「てめえは黙ってろ」


「はあ!? 恋叶ちゃんとわたしで対応違いすぎでしょ‼」


「そんなの当然だろ? 冬野さんはオレのヒロインかもしれないんだから。ヒロインでも何でもないお前と対応が違うのは当然だ」


「はっ。恋叶ちゃんがあんたみたいな男になびくわけないでしょ」


「そんなのわかんねえだろうが‼」


「わかるわよ」


 そう言って、心愛はチラっとテーブル下に目を向けた。


 そこでは、予め女子の間で決めておいた合図が実行されていた。


 好みの相手に対する指差しだ。


(まあ、この三人の中で好みの相手がいるわけないし……。夏美も恋叶ちゃんも当然、自分の方に指を差すだろうけど。好みの相手がいなかった場合は、自分に指差すって取り決めだったもんね)


 そう思考して、心愛自身は当然、自分の方に指差した。この三人の中に好みの相手などいるはずもない。


 きっと夏美と恋叶もそうだろうと、二人の方に目を向けると――。


 夏美は征太に。恋叶は春樹と秋人の両方に指を差していた。


(えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!?)


 あまりの衝撃に、心愛は目をひん剝いた。


「ちょちょちょ!? えぇえええええええええええええ!?」


 叫び声を心の中だけに留めるつもりが、驚き過ぎて普通に声に漏れてしまった。


「なんだよ春風。急に叫んで」


 そんな心愛の奇行を、春樹は訝しげな眼で睨んでいる。


「ま、マジですか二人とも……」


「大マジですけど」


「心愛っち、サポートよろ♪」


 夏美と恋叶は二人揃ってウィンクしてきた。


「う、嘘だぁ……。わたしがアウェーなの……?」


 この場に好みの相手がいなかったのは自分だけ。その事実に、心愛は友に裏切られた気分になった。


(でも、本当にこの三人は好みじゃないし……。紐パン泥棒、おっぱい魔人、ドM……。どいつもこいつもろくなヤツらじゃないし……。ありえない……。こいつらだけはありえない……!)


 好みの相手がいない場合は、サポートに徹する約束を取り決めていた。つまり、この場で心愛はサポート役に徹しなければならない。


 サポートされる側だと思っていた彼女は、二人をサポートする方法を全く考えていなかった。


 心愛がサポートする方法について頭を悩ませていると、夏美が口を開いた。


「ねえ、征太くん。私、征太くんのことについてもっと知りたいな♡ 征太くんの趣味について教えてくれる?」


「ボ、ボクの趣味ですか……」


 あからさまに征太に色目を使っている夏美に、心愛はジト目を向けた。


(こいつ……さっきまで『私は付き合いで参加してるだけだからぁ』みたいな雰囲気出しておいて、好みの相手がいるとわかるや女の顔になってやがる……。なんかムカつく)


 自分以上に相席カフェを楽しんでいる様子の夏美に、心愛は苛立っていた。


「ボクの趣味は……アニメとかだけど……」


「やぁん♡ 好みの反応♡ 征太くん、どんなアニメを観るの?」


「最近だと『スパイファミリー』とか……」


「かわいぃいいいいいいいいいいいいいいいい。はあ、はあ、はあ。征太くん、もうちょっとお姉さんとじっくりお話しようか……。今日私の家くる? お姉さんといっぱい楽しいことシよ?」


「夏美ぃ? あんたキャラ壊れてる自覚ある?」


 犯罪者みたいに息を乱している夏美に対して、心愛がツッコむ。


「夏美さんの家に行ったら、おっぱい揉ませてくれますか!?」


「もちろん、揉ませてあげるわよ♪」


「行きます‼」


「よっしゃ征太くんお持ち帰りぃ‼」


「もうダメだこいつら……。ほっとこ……」


 心愛はツッコむのを諦めた。


「あのさ、夏美と夏峰くんは二人で話したそうだし、ちょっと席替えしない?」


 せめてこれくらいのサポートはしようと、心愛はそんな提案をした。


「そうだな。オレもそう思っていたところだ……。あの二人には付き合いきれん……」


 珍しく春樹と心愛の意見が一致したので、一度席替えをすることに。


 真ん中に座っていた夏美と征太を左端に寄せ、真ん中に心愛と春樹が移動する。右側は変わらず恋叶と秋人が座っている。


 こうすることで、左端で夏美と征太が話しやすいような環境を作る。


 既にあの二人はカップル成立したも同然。残すは四人の戦いだ。


(と言っても、わたしの好みの相手はいないんだけど……。わたしは恋叶ちゃんのサポート役かぁ……。はあ……気が重い……)


 早く三十分経ってくれと、心愛は切に願った。


「夏美さんのおっぱいって何カップなんですか?」


「やん♡ 征太くんのエッチ♡ 何カップだと思う? 当ててみて♡」


「え、触ってみないとわかんないかも……」


「じゃあ、触ってみる……? 服越しで良ければ……」


「触りたいです……!」


(もうとっととラブホにでも行けよ……。ここでそんな話するなよ……)


 左から嫌でも聞こえてくる猥談に、心愛は泣きたくなった。


「あの二人、なんか既にラブラブだね……」


 恋叶は意外そうな目で夏美を見ていた。彼女は夏美のああいう姿を知らなかっただろうし、驚くのも無理はない。


 夏美は、ショタ(っぽい相手でも可)に対しては性格が変わる。御覧の通り、もはやただの変態だ。彼女はありとあらゆる手を使い、恥すらも捨てて、ショタに対してアプローチするのだ。


(そのショタへの執念を、もっと別のことに活かしてほしかった……)


 心愛はそう思うが、もう手遅れだ。夏美のショタコンを治すことなど不可能なのだ。


「――征太と浅羽さんがあんな感じなんだ。僕もそろそろ本気を出していい頃合いだろう」


 メガネをクイっと持ち上げながらそう言ったのは、ここまであまり口を開いていない秋人だった。

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