第4話 教育係ナーランダーの歴史の授業
「さて、前回はどこまで進んだかな?」
教育係の導入の質問に、タムタムははっきりと答えた。
「はい、勇者ヨナスと聖女マリアが魔王を倒したところまでです」
「よろしい。では今日はその続きをやるよ。教科書の126ページを開きなさい」
タムタムたち王族兄妹の教育係を務めるのは、ナーランダーという初老の男性である。普段は高名な学者として王立大学の研究室で働いているが、国王に頼まれてタムタムたちにも勉強を教えている。
「では始めるぞ。……勇者ヨナスと聖女マリアは、カルメラ地方で勢力を拡大していた魔王を倒した後、ヤン皇帝にこの地を治める許可を得た。さて、ヤムヤム、ここでこの時代のヤン皇帝の役割について説明してもらえるかな?」
ヤムヤムは昨日みっちりナーランダーに怒られたのを反省しているのか、必要以上に背筋を伸ばして答えた。
「ええと、ヤン皇帝ーー現在ではヤン教皇と呼ばれていますがーーは、ヤン諸島の古代の統一国家であり、主島、南島、西島のほぼ全域を支配していたーーのですよね?」
「うむ、おおむねその通りだ。だが、ヤン帝国がギルガメシュ帝の代にアーカンソー連邦を北島に追い出してからも、ヤン諸島主島の北部では争いが絶えず、皇帝の力は及んでいなかった。そこに魔王の出現が加わったのだなーーだが、魔王が倒された後も、北部が荒廃していることには変わらなかった。だから、当時の皇帝シャンクス2世は勇者にカルメラ地方、そしてその北にあるトマホーク地方の支配を認めることで、国を安定させようとしたのだ。さて、マラケシュ、君はシャンクス2世の他の事績についても知っているね?」
マラケシュはもうこの話題を何回もやっているので、顔色ひとつ変えずにすらすらと答えた。
「ええ。シャンクス2世は帝国芸術協会を設立し、文化の振興に取り組みました。特に、それまで公式には禁止されていた革新的な歌謡や劇を認め、皇帝自らがそれらを演じるなど、芸術の改革を進めました。これらの施策は周辺国でも評判となり、都のイエヘは海外からの移民や観光客で賑わいました」
「完璧だ。ーーそしてこれが、いわゆる『ヤン帝国の最後の輝き』といわれる時代であったのだ。では、ページをめくって」
ナーランダーの唄うような口調は、タムタムたちを自然と歴史の世界に引き込んでいく。
「ところが、シャンクス2世が栄光のうちに崩御し、息子のトラク2世が後を継ぐと、状況は一変したのだ。端的に言うと、トラク2世は政治を全く顧みない帝であったのだ」
「俗に『狂詩帝』と呼ばれるダメ皇帝ですねー」
ちゃっかりヤムヤムの隣に陣取っているシャナが補足する。
「うむ、巷でよく言われるその別名が、トラク2世を最もよく説明するだろう。トラク2世はシャンクス2世の悪いところだけを受け継いでしまったのだ……要するに、宮廷に高名な芸術家を招き、大宴会と自らの詩作にふけるばかりで、国を大きく乱れさせたのだよ」
「あのう」
タムタムが小さく手を挙げた。
「どうした」
「一説には、トラク2世はそこまで暴君ではなかったともいわれていますよ。少なくとも、トラク2世は毎日の皇帝としての業務を欠かさず行っていましたし、武勇に優れた人だったようでもあります。暴君だというイメージは、後の政権によって作り上げられたものなのではないでしょうか」
「ほう、鋭いな」
ナーランダーは感心感心、と大きくうなずいた。
「だが、どちらにせよ、トラク2世が自分の代でヤン帝国の権威を失墜させたことに変わりはない。なぜなら、トラク2世の代になって、東方ではあの勇者の治める地方が勢力を拡大していたーーもっとも、そのころ勇者ヨナスはすでに亡く、聖女マリアが独裁的な権力を振るっていたがーーそして、聖女マリアはトラク2世を『十の道を誤った暴君』という宣言文によって糾弾し、新しくカルメラ帝国の建国を宣言するとともに、ヤン帝国に宣戦布告したのだよ」
ここでヤムヤムが大きなため息をついた。
「はあ、だからあの『十の道を誤った暴君』が、君主に必須の書として読み継がれているわけですね。それで私が丸暗記させられようとしているわけですか。ちょっと何を言っているかわからないところもありますけど」
「うーん、とはいえ、あれはもう500年前の古典といっていいからね。まだヤムヤムには難しいと思うわ。私もときどきナーランダー先生やマラケシュに質問しに行くくらいだもの」
タムタムが苦笑しつつもヤムヤムをフォローする。
「あれ、みなさん知らないんですか? 最近は口語訳された『十の道を誤った暴君』があるのですよ。町の本屋に売ってあります」
シャナが不思議そうに王族兄妹たちを見る。
「えっ! そうなの? 少なくともそれは王立図書館には絶対置いてないはずだけど……」
「あっ、そういや置いてたな」
マラケシュがぽんと手を叩いて言った。
「もちろん、僕はそれを知る前に無理やり文語で暗記したから、あんまり役に立たないかと思ったのだけれど……もしかして、シャナはもう持ってるのか?」
「持ってますよ! むちゃくちゃ面白かったし、一瞬であの難解な書物が理解できました!」
やはりシャナの有能さは一級品である。
「どうでしょうナーランダー先生、確かに王族の伝統というのはわかるのですが、ここはいったんヤムヤムには口語版を読ませるのがよいのではないでしょうか。その方が早い段階での『十の道を誤った暴君』の理解につながるのではないかと思います」
ナーランダーは考えるように腕を組んだ。
「まあ、私はそこまで保守的な学者というわけでもないからな。それくらいはいいだろう。ではシャナにそれを貸してもらって……」
そうナーランダーが言いかけたとき、突然彼らのいる部屋の扉が開いて、王宮の伝令係の人の一人が駆け込んできた。そして王族の前だというのに、ほとんど敬意も忘れて叫んだのである。
「大変です、町で火事が起きました!」
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