第3話 品揃えの多い本屋

 さて、マラケシュたちはヤムヤムの『擬態』が許容範囲になるのを見守ったあと(誰も邪魔しなければ意外とうまくいった)、予定通りの行動を人数を増やして行うことにした。つまり、町の中央部の本屋に入ったのである。


「わあ! やっぱりすごい品揃えだぁ!」


 タムタムはうきうきと新刊の棚を物色している。タムタムたちが利用しやすい王立図書館は、その性格上実用書が多く、大衆向けの小説はなかなか手に入らないのだ。タムタムは早くも一冊手に取った。


「あっ! 『ピーターとセーラ』よ! 来月王立劇場のこけら落としに演られるやつね!」


 マラケシュはタムタムの後ろからその本をつかんだ。


「やめておけ。せっかく劇を見られるんだから、ネタバレはやめるべきだ。純粋な気持ちで劇を見られなくなるぞ」

「違うでしょ、予備知識を持って見るから、さらに劇が面白くなるんじゃない……あれ、兄上もしかして、私にネタバレされるのが怖いとでも……?」

「口の減らない奴め!」


 マラケシュはしぶしぶ本から手を離す。


「まあしかし、我々の陛下も建築がお好きなようですね……王立図書館に続いて王立劇場ですから。文化が栄えているのは喜ばしいことなんですが……」


 シャナがいっぱしの評論家のように悩んでいるが、マラケシュは第一王子として補足しておかなければならない。


「いいんだよ、そもそも表現の自由があるってだけで、芸術家たちにはかなりの魅力なんだから。それに、陛下は無駄な戦争をしないし、法外な税金は取らないし、少なくとも前王と比べれば名君だと思うんだけどなぁ」


 しかし、シャナは「ふふふ、どうでしょうね?」と、どこかいたずらっぽく笑う。


「マラケシュ様は正直、陛下に心酔しすぎているところがありますよ。もう14歳なんですから、そろそろ自分の考えを持たないといけないと思います。でないと、後継者争いに負けちゃいますよ?」

「ぐっ……」


 そう、実はマラケシュは、最近後継者争いに巻き込まれる可能性が出てきたのだ。それは次男であるマルクス第二王子が最近生まれたからである。マラケシュの父、マイケル王が治めるアッシャー王国では、一応最も年上の男が王位を継ぐことになっている。しかし、王子が二人以上いた場合、場合によっては第一王子を引きずり下ろそうという陰謀が企てられることも多いのだ。全く、あの王妃はあの年になって、どうしてまだ新しく子どもを作る元気があるのか。


「すでにマルクスを推そうという一派が活動を開始したようだからな……」


 マラケシュはそう独りごちつつも、やはりそんな国のデリケートな問題までちゃんと把握しているシャナが恐ろしくなってくる。


「おい、シャナ」

「何ですか?」

「お前、まさか転生者とかじゃないだろうな?」

「転生者? 前の人生の記憶があるっていうやつですか? そんなわけないですよ。転生者とか、伝説上の存在でしょう。私はただの庶民で、ヤムヤム様の遊び相手兼侍女です」


 マラケシュはあまり納得できないが、シャナがヤムヤムが棚から取り出した本を棚に戻さず床に放り出しているのを叱っているのを見て、(いったいヤムヤムは王立図書館で何を学んだのか?)シャナの有用性を再確認する。


 ところが、マラケシュがぼーっとヤムヤムとシャナを眺めているうちに、いつのまにかタムタムが数冊の本をマラケシュの前に突き出してきた。


「ん? ……あっ、まさか!?」

「うん、さっきのコーヒーを私がおごった借りを返してもらわないとね!」


 そんなわけで、マラケシュはコーヒーより絶対に高い本代を支払うことになってしまった。まあ、あまりいじめるとタムタムまで後継者争いに入ってくるかもしれないし、うかつなことはできない。


 とにかく、マラケシュたちは本屋を出て、暗くなる前に王宮に帰ることにする。


「おかしい、王宮を出たときには二人だったはずなのに、どうしてこうなった……」


 マラケシュの休日をタムタムと過ごすというかねての計画は見事に頓挫していた。ヤムヤムという危険分子がいる限り、マラケシュは気が抜けないのである。シャナがいることでいくらかは緩和されているが。


「だって、私だけ仲間外れにするなんでずるいですよ兄上。私たちは同じ父と母から生まれた兄妹じゃありませんか」


 ヤムヤムの言っていることは間違ってはいないが、やはりヤムヤムはもっと王族としての自覚を持つべきだとマラケシュは思う。とりあえず一回痛い目に遭うべきだ。


「あっ、でも、今日のヤムヤムの外出って、正規の手続きを踏んでないから、帰ったらヤムヤムだけ父上に怒られるんじゃ……」


 タムタムがまさしくその『痛い目』を思い出し、ヤムヤムがひえーっと悲鳴を上げる。


「えーと、そこらへんは大丈夫ですよ。外出の手続きは私がやってありますから。ヤムヤム様はいつも通りに振る舞っていれば怪しまれません。まあ、後で例の教育係の人に雑談しておきますね。『擬態』の魔法は視覚効果で発動に影響が出るのか、今日のヤムヤム様の例も含めて質問したいですから」

「ぎゃあああああ!」


 笑顔でシャナが一番怖いことをぶっ込んでくる。マラケシュたち兄妹の教育係の人は、怒らせればそれはそれは怖いのである。 


「いいねそれー、私も『擬態』で既存の人に変装された場合の対処法を聞いておきたいし、ついて行っていい?」


 すかさずタムタムが便乗し、そしてマラケシュはもうがたがた震え始めたヤムヤムを引っ張るようにして、王宮の裏口から王宮内にさっさと入り込む。タムタムとシャナがそれに続く。

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