第3話合言葉

 新月から次の満月までは15日かかる。

 つまり、千歳と夜霧が再会するのは、初めて会ってからおよそ2週間後のこと。旧暦で一月十六日の夜である。


 千歳は、待ち合わせ時間より半刻(1時間)くらい早く待ち合わせ場所で待っていた。しかし、一刻(2時間)たっても夜霧は来ない。



 がさがさと、誰かが千歳の方へ近づいて来た。


「合言葉」


 焚火の前で火に当たる千歳。その正面に立つ黒装束の少女。


 なぜか、遅れた方が偉そうに「合言葉」と発したのだ。


「はー〜。〝春霧はるがすみたなびく山のへなければいもにあわずて月ぞにける〟」


「えーっと。〝わらわが来るのが遅いから、わらわに会えないまま何回も月が沈んでは日が昇るかと思って泣いちゃいそうになってしまいました〟の?……なら、〝千歳ちとせまでかぎれる松も今日よりは君にかれて万代よろずよむ〟」


「……〝愛しいわらわに会うためならば、千年どころか万年でも待てるでしょ?〟ってこと!? ひどいっ」


 合言葉は、〝知ってる和歌を状況に応じてそらんじること〟だった。お互いの教養と機智が試される課題だ。

 ちなみに春霞とは、春に発生するきりのことである。夜霧は秋の季語。


 それに対する返歌は、千歳をさらに呆れさせる物だった。


「ごめんなさい。城から抜けた出すのに想像以上に手間取ってしまいまして。お酒も草餅もちゃんとたっぷりとかすめとってきたので、平にご容赦くださいませ」

 夜霧は、千歳の顔を覗きこんで手を合わして謝って見せた。


「なら、許す。寒いし、火にあたりなよ。ついでに草餅を焚火で炙って熱々のとろとろにしよう」


「良い考えです!」


 お互い、黒い頬かぶりをしている。


 決められた合言葉を確認し合ったので、もう頬かぶりを解いても良いだろう。


「「あ」」


 月あかりと目の前の焚火の光に照らされたお互いの容姿を初めてくっきりと見た時……


 同時に驚きの声を上げてしまう2人なのだった。

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