あなた向きのお仕事

大塚

第1話

 ゼミの後輩に、逸早いつはやってやつがいる。苗字だと思う。下の名前は覚えてない。ただ、妙に整った顔をした男だな、という印象を持っていた。イケメンとかハンサムとかそう言うのじゃなくて、別に売れてるタレントや俳優に似てるとかでもなくて、。そういうツラをしている男だった。ゼミだけじゃなくてサークルも一緒だったんだけど、懇親会っていう名目の飲み会とか、飲み会っていうテイの合コンとかではまあ、そりゃモテてたよね。俺や他の男連中が「あの子いいな」って言い合ってるのを他所に、その「あの子」と一緒に終電を逃すのは常に逸早だった。でもその後交際に至ったって話を聞いたことは一度もなかったし、いつだったか、逸早と一緒に終電を逃した女の子──俺と同い年だから、逸早から見れば先輩か──と学食で会って一緒にラーメンを食ったことがあったけど、俺が何も言い出す前から「逸早くんと? 何もないよ」と断言されてしまって、それ以上突っ込むことはできなかった。

 あと、逸早は笑うと顔がちょっとてする。他のやつがどう思っているかはわからないけど、少なくとも俺にはそう見えた。だからかな。誰も逸早と交際っていう形で付き合わなかったのは。一晩だけホテルでいちゃいちゃするぐらいがちょうどいい人材だったのかも。


 その逸早が、俺に声をかけてきた。去年の春のことだった。「シノ先輩、バイト探してるんですか?」って。シノ。椎野しいの。それが俺の名前。でも今はあまり重要ではない。

 俺は実家の両親と折り合いが悪く、大学進学を機にほとんど家出するみたいにひとり暮らしを始めていた。両親は一応学費だけは払ってくれたけど、家賃光熱費水道代通信費その他諸々──生きていくのに必要なカネは自力でどうにかするしかなかった。あと飲み代。俺は飲み会が好きだから。でもいつも誰かに奢らせてたら、そのうち誰にも呼ばれなくなっちゃうだろ。それは怖くて。

 俺はひとりで食堂にいた。気が付くと、逸早が正面の椅子に腰を下ろして俺の顔を覗き込んでいた。端正な顔だ。完璧に正しい配置の顔だ。


「バイト? あー何、前紹介してくれた治験みたいな?」


 逸早にバイトを紹介されるのは、初めてではなかった。彼はなぜだかいつも人に仕事を斡旋していて、たとえばそう、新薬の治験モニターだとか──そこそこ実入りの良いバイトを俺は時折引き受けていた。逸早からバイトを紹介されたという同期や後輩と話をする機会があったけれど、俺以外の連中はそんなに高額が入る仕事は回されていないようだった。逸早がどういう基準でバイトを紹介する相手を決めているのかは、謎だった。


「治験じゃないんですけどぉ」


 ニチャッ。逸早が笑う。

 こいつが笑うと、顔全体のバランスが崩れる。不思議だ。気色が悪い。


「結構いいお金になってぇ……」

「一日? 半日? 一回でどれぐらいになるの?」


 逸早が左手をテーブルの上に乗せ、親指と、人差し指と、中指を立てた。


 時給三千円? 日給三万円? ──期間いっぱいで、百万円?


 どれでもいいや。俺には金が必要だ。


「ふーん。いつから?」

「週末、土曜日の夜から月曜の朝まで」


 ほぼ二泊三日。泊まり込みか。


「もっぺん聞くけど、治験じゃなくて?」


 治験だったらいいなと思ってた。何回か引き受けたことあるし。だが、笑みを引っ込めていつもの端正な顔に戻った逸早は、ゆるく首を横に振る。色素の薄い茶色い──金色の髪が、ふわふわと白い額の上で揺れた。


「オレも参加しますんで」

「そうなの? 珍しいな」


 逸早は人に仕事を紹介はするけど、実際現場には行かない──と彼から仕事を斡旋されたことがある皆が言っていた。逸早は、紹介料で稼いでいるのだ、と言う者もいた。


「そしたらシノ先輩、土曜日の16時ぐらいにここの」


 と逸早は地図アプリが表示されている自身のスマホを俺の目の前に置き、


「駅で待ち合わせでどうですか?」

「いいよ。駅徒歩どれぐらい?」

「ここが最寄駅で、職場までは徒歩じゃいけないんです。オレ車出しますから」

「そうなの?」


 ていうか、逸早って免許持ってたんだ。ふーん。意外。俺には教習所に通うカネなんてないから立派な無免許だ。


「その地図、一応送っといてくれる?」

「はい、今……」


 逸早が手早くスマホを操作し、メッセージアプリに地図が届く。駅……大学からも、俺の自宅からもだいぶ遠い場所にある。なんだろう。何の仕事をするんだろう。


 まあ金になるなら、いいか。

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