街外れの薬屋は、日陰の花を綺麗に咲かせる

@yuzunoyuzu

第1話 訳アリ少女、来店



まさちゃん、お薬ありがとうね。将ちゃんもゆっくり休んでね」


「あいよ。おばちゃんもお大事にね。しっかり薬飲んで早く寝てな。大事な時なんだから」


 身なりの良い中年の女性は笑顔で軽く頭を下げ、街外れにある古びた2階建ての薬屋から出て行く。




「んー、今日はこの辺でもう店仕舞かな」


 オレは軽く伸びをしながら店内に掛かっている古びた時計を見ると、既に22時を過ぎていた。

 通常、営業時間は22時までだが閉店間近にお客が来るってのは良くある事だ。

 まぁ、夜に突然熱が出たり体調を壊す事もあるし、それは仕方がない。


「さて、今日もお疲れさまでしたね~」


 鼻歌を歌いながら、店を閉める準備をしていると『カランカラン』と入り口のドアに付けている鈴が鳴り、一人の少女がドアを開けて店内に入って来た。


「ん?いらっしゃい」


 レジカウンターで売上の〆をしているオレの元へ、その少女はテクテクと真っ直ぐ歩いて来る。

 十坪も無い狭い店だ。あっという間に少女がオレの目の前に立つ。


「ねぇ。ブロトリン、何個まで買える?」


「ブロトリン……ねぇ」


『ブロトリン』は市販薬の鎮咳去痰剤……所謂咳止めで、カフェインが抜けていて身体に優しく、良く出来た薬である。が、身体への負担が少ないが故に、本来とは違った使い方……オーバードーズ(OD、過剰摂取)に良く使われる薬でもある。


「お嬢ちゃん、風邪かい?」


「……何個まで買えるか聞いてるんだけど?街中のドラッグストアじゃ売ってくれないのよ」


「そりゃそうだろうねぇ」


 やれやれ、とオレは軽く溜息を付く。この手の輩は昔から多く居た。しかし……ここ最近の低年齢化は目に余る物がある。目の前の女の子はパーカーのフードを被って下を向いているとは言え、明らかに少女である。世も末だな、と軽く天を仰ぐ。


「お嬢ちゃん、うちだって複数個の販売はしてないよ。何よりも、お嬢ちゃんみたいな雰囲気の子には売れないよ。たったの1個だってね」


「何でよ」


「何でって、お嬢ちゃんが欲しがってるのは咳止めだよ?風邪でも引いているのかい?ぱっと見、そんな風には見えないけど。だから風邪じゃないなら、違う使い道を想像しちゃうだろ?だから売れないんだよ」


「……お嬢ちゃんお嬢ちゃん煩いな、おっさん」


 少女はフードを被ったままジトッと目だけをこちらに向ける。


「おっさん……か。オレ、まだ28歳なんだけどなぁ。せめてお兄さんって言ってくれよ」


「28歳なんておっさんでしょ。後2年もしたら三十路じゃない」


「こりゃ、手厳しい」


 オレは大げさに天を仰ぐ。


「……だったら良いわよ……もう……そうね……いっその事、楽に死ねる薬をちょうだいよ……もう……嫌だ……」


 フードを被った少女は下を向いて肩を震わせている。

 どうやら……オレが思っている以上に、目の前に居る少女は限界が近いらしい。


 はぁ、と軽く溜息をついてオレは少女に話しかける。


「なぁ、今日はもう店を閉めるからさ。お前はそこのソファーに座っとけ」


 そう言って壁際にあるソファーを指差す。


「えっ?」


「とりあえず、話は聞いてやる。ちょっと待ってろ」


 オレは外に出て店のシャッターを降ろし、再び溜息をつきながら店内へと戻って行った。




 店内に戻ると言われた通り、少女はちょこんとソファーに座っている。

 あれ、意外と素直じゃないのさ、と少しびっくりする。


「とりあえず、お茶を入れてやるから待ってろ」


「喉なんて乾いてない。お茶なんていらない。飲みたくない」


「お前、ここ何処だと思ってるんだよ。薬屋だぞ。ただのお茶じゃなくて漢方茶だ。飲め」


 そう少女に伝えてオレはいくつかの煎じ薬――心を落ち着ける生薬――が入ったティーバッグを取り出し、カウンター脇にあるヤカンに沈め簡易コンロに火を付ける。


「さて、煮出すのに10分はかかるからな。その間に聞きたい事がある。あぁ先に言っておくが、言いたくない事は言わなくて良い。帰りたかったら帰って良い。だけどもし、話したい事があるならここに置いて行け。オレはここで聞いた事は誰にも言わない。だから安心して話せ」


 オレは立ったままカウンターに寄りかかり、じっと少女を見つめる。


 少女はソファーに座ったまま暫く考え込み、小さく『コクリ』と頷く。


「んじゃ、まず最初。常習なのか?」


「えっ?」と言って少女が顔を上げる。


「雰囲気で分かるよ。咳止め、OD目的なんだろ?普段からやってるのか?」


 少女は目を逸らし、ふるふると首を横に振る。


「やった事ないの?」


 コクリ、と小さく頷く。


「だったら止めておけ。あんなもん、気持ち良くなるのはその時だけで、お前の人生において良い事なんて何一つないぞ。誰に教わった?」


「……周りの人」


「周りって?」


「……」


「まー、言いたく無いなら別に言わなくても良いよ」


「……繁華街で仲良くなった人達……」


「あー、成る程ね」


 この街の繁華街には色々な場所から若者が集ってくる。ファッションだったりグルメだったりイベントだったり、そして……地元に居場所のない子だったり。そう言う子は同じ境遇の子達とつるむ様になる。その仲間から聞いたのだろう。


「もう22時半を過ぎてるけど親は大丈夫なのか?」


「……」


「喧嘩でもしたか?」


「……(コクリ)」


「歳は?」


「……18歳」


「高校生?」


「ううん、この前学校は辞めちゃった」


「……成る程、ね」


 オレはやれやれ、と小さく溜息を付く。


「それじゃ、今の話を纏めるとだな。歳は18歳。親と喧嘩して街に出て、繁華街で仲良くなった奴らに気分転換でODを勧められてドラッグストアに行ったが売って貰えず、街外れのうちに来た。因みにODはまだした事が無い、と」


 少女はコクリと頷く。


「親と喧嘩した理由は話せるか?」


「……」


 ギュッと固く握った自らの拳を見つめ、少女は固まってしまう。


「別に言いたくないなら言わないで良いよ。家庭の話はナイーブな事だしな。無理するな」


 オレの言葉を聞いてギュッと握っていた少女の拳が僅かに緩む。

 まぁ……色々あるんだろうな、と何となく察する。


「ピピピピッピピピピッ」


 そうこうしている内に、10分のタイマーが終了する音が店内に鳴り響く。


「お、煮出せたかな?」


 コンロの火を止めて、ヤカンからカップに煎じ茶を注ぐ。


「ほら、心が落ち着く漢方茶だ。とりあえずまぁ飲め」


「……ありがとう……」


 少女は素直にカップを受け取りゆっくりと口を付ける。


「んっ……んんん?……何か……不思議な味」


「くっくっく。そりゃお前、漢方茶だからな」


 何とも言えない表情を浮かべながら舌を出す少女を見て、思わず笑ってしまう。


「名前は?」


「えっ?」


「女の子に向かっていつまでも『お前』ってのもな。あぁ別に言わなくても良いし偽名でも良いぞ?」


「……あんず……」


「杏ね。わかった。杏、とりあえず今日はここに泊まって行け」


「えっ?」


「こんな時間に女の子を放り出す訳にもいかないだろ?それに事情を聞いたら……まぁ家にも帰りたくないだろうし。とりあえず、今日はゆっくり休め。ところで腹は空いてるか?」


「……まぁ……今日はまだ何も……食べてないから……」


「そりゃ良かった。オレもこれから夕飯で腹ペコなんだ。一緒に食うか」


「……何で」


「うん?」


「何であんた、そんなに良くしてくれるのよ……その、が目的ならば……私、経験無いからどう言う風にすれば良いか分からない……よ?」


 その言葉を聞いてオレは思わず吹き出してしまう。


「っくっく。あぁ、に見えてた?大丈夫大丈夫、オレ、ガキには興味ないから」


「はぁ!?」


 杏がクワッと目を見開いてこちらを睨む。


「安心しろ。それが目的じゃ無いから」


「じゃあ何で……よ」


「……気まぐれだよ。それに……何気にうちはここに店を開いて長いんだ。オレで3代目、もう60年以上になる。この街で困った奴がうちに来たら助けてやれってのが祖父じいちゃんと親父の教えでな」


「お祖父じいさんとお父さんはここにいないの?」


「ん?そうだな。二人共もうこの世には居ないよ。結構短命でな、うちの家系」


「それとまぁ、あれだ」


 オレは杏の目をじっと見つめて伝える。


「世の中はお前が思っているような大人ばかりじゃないって事さ」


 オレの言葉を聞いた杏はギュッとカップを握る。


「んじゃ、杏。2階に行こっか?飯作ってやるよ」


 オレは靴を脱いで階段を上がって行く。

 途中「ああ、そうそう」と言い、オレはふいっと振り返る。


「オレは将臣まさおみ。ここ、ひいらぎ薬舗の店主、『ひいらぎ将臣』だ。よろしくな」





 階段を上がっていく将臣の後ろ姿を見ながら、杏は小さい声で「……将臣」と呟く。

 杏がその手に持つ、顔をしかめるような漢方茶が入ったカップは、いつの間にか空になっていた。

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