とりあえずクマンバチで

アオヤ

第1話

 「一緒にモンスターを狩りに行こうぜ」

スマホのゲームアプリで僕に声をかけてくれる相棒の名は神崎彩音。

たぶん女だと思うがゲームアプリでは男勝りな戦い方をしてみんなに引かれている。

そんな彩音から「今度リアルで逢おうぜ」なんて声をかけられた。

他のメンバーは『都合悪い』とか『待ち合わせ場所が遠い』とか理由をつけて断ってきた。

結局僕だけが断りきれずに彩音と逢うことになってしまった。


 実は僕の大学時代、周りは男ばかりだつた。

ついでに今いる職場は油まみれになって作業する女とは全く関わりの無い場所だ。

彩音がどんな女の子なのか知らないが僕には女の子に対する免疫が全く無い。

会ったところで彩音をガッカリさせないか不安だ。


 待ちあわせ場所は喫茶店を指定された。

その店は沙羅慕羅サラボラという店だ。

沙羅慕羅なんて音だけ聴くと昔のヤンキーが夜露死苦ヨロシクとか書いてある服を着ていたのを思い出すと父は言っていた。

実際の沙羅慕羅は洋館風な建物で室内は適度に薄暗い純喫茶風のお店だ。

どうやらヤンキーとは関係ないようだ。

店内はコーヒーの香りに溢れて『昔は喫茶店なのにピアノの生演奏がされていた』と父から聴いた事がある。

流石に今はピアノは置いて無いが……

なんだかリラックス出来そうな店だ。


 僕は店の入口に近い通路側の席に座った。

彩音が入って来た時すぐ分かる様にだ。


 「いらっしゃいませ~ きょうもいつものですか?」

実は…… この沙羅慕羅は週イチくらいのペースで来ているお馴染みの店なんだ。

「はい、トリあえずいつものクマンバチハニーコーヒーをお願いします」

店員さんは膝をついて低い姿勢で下から僕を見つめる。

最初に見つめられた時は恥ずかしくなってしまい受け答えがシドロモドロだったと思う。

でも今はこの店で顔を覚えられた常連だ。

笑顔で応えられる。


 「ハイいつものですね。きょうもユックリしていってね」

メイド服の店員さんはニコッとして厨房の方に入って行った。

厨房からは店員さんの笑い声がこぼれてくる。

その笑い声を聞いただけなのに、僕も何故だろうか笑顔になってしまう。


 僕がいつも頼んでいるのは甘い蜂蜜入りのコーヒーだ。

『あまい蜂蜜入りなんて子供っぽい』

なんて最初は僕も思っていた。

でも最初にメニューを開いた時に『ハニーコーヒー』=『クマンバチ』と書かれていたんだ。ネーミングがなんだか面白くてつい頼んでしまった。

初めて運ばれてきたクマンバチは普通のコーヒーに蜂蜜が付いているだけだった。

でもそのコーヒーはほんのりとした蜂蜜の優しい甘さがして、それが僕を癒してくれるみたいだ。

それから病みつきになって沙羅慕羅に来る度にクマンバチを注文している。


 僕は待ち合わせの目印の事を思い出した。

『スマホの裏側にゲームアプリのキャラクターのシールを貼って目立つ様に置いておく』

指示された様にスマホを置いて僕は神崎さんが入って来ないか入口をチラチラ見ていた。


 暫くして店員さんがクマンバチを運んで来た。

その時何故か俺のスマホに貼ったシールを見て目を丸くした。

「まさかアナタがどかっとテール一番後ろで控えてろなの?」

『えっ何?』という気持ちで店員さんを見ると胸にはネームが付いていて神崎と書いてあった。

「まさかアナタが神崎彩音… さん?」

男勝りのキツイ女が来る事を予想していた僕はメイド服を着た大人しめの彼女が神崎彩音だと信じられなかった。

「確かに私がどかっとテール一番後ろで控えてろを誘ったんだけど……」

突然の出会いに戸惑ったのか彼女の顔は赤くなった様に感じた。

「まさか神崎さんがここで働いているなんて予想もしなかったよ。でも仕事中に抜けられるの?」

そんな質問をする僕に神崎さんは申し訳無さそうに手を合わせた。

「ゴメン、今日急にシフトを入れられちゃったんだ。私も気になっていたんだけど……」

メイド服の神崎さんと僕はゲームアプリの話しで盛り上がる事が出来るのかと一瞬期待してしまった。

「ハハハ…… そうだよね~」

期待していた分『もう次は無いのか』という不安の方が大きくなった。

そんな僕を見て神崎さんは「あっ、連絡先教えて! 後で絶対に連絡するから」なんて期待する様な事を言ってきた。

「スマホは仕事中で持って無いから電話番号を何かにメモして!」

神崎さんの期待させる様な言葉に僕はポケットの中に紙切れが無いか探した。

偶然にも仕事場で使ってる小さな付箋の束が出てきた。

僕は神崎さんにペンを借りて慌てて電話番号を書き始めた。

手元がうす暗いので文字がハッキリ見えない。

ついでになんかゴツゴツして書きづらかった。

書き終わって付箋を一枚取ろうとしたらソコには電話番号は書かれていなかった。

『何? 僕は確かに電話番号を書いたはずだ』

と付箋の束の側面を見たらソコに番号が書かれている。

あまり神崎さんを待たせる訳にはいかず、僕は付箋の束のまま渡した。

「何これ、ギャグ? どかっとテール一番後ろで控えてろは実物もゲームのキャラと変わらないね」

神崎さんは付箋を見て笑い転げていた。


 「それじゃ、後で電話するから。どかっとテール一番後ろで控えてろとデートしたら楽しそうだね」

神崎さんは付箋を受取ると意味深な言葉を残して厨房の方へ戻って行った。 


 数分後「キャッ、付箋がバラバラにバラけた。あ〜ぁ、まぁ〜いいか」という声が厨房の中から聞こえてきた。

この小悪魔は僕の事を弄んでいるのだろうか?

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とりあえずクマンバチで アオヤ @aoyashou

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